平沼騏一郎のこと

google siteが閉めるというのでこっちに移転。


まず平沼という男が登場する。彼は気が狂っていた*。狂ってはいたが試験秀才ではあったようで、帝大法科を首席で卒業する。

卒業後あちこちで役人をしていたのだが、検事だった時に格好の出世の機会がやってきた。ある山奥で不平家の若い男が、そば屋にあるようなトウガラシの卓上缶に粗末な火薬を詰め、爆ぜさせたり妄想に耽ったりしていた。貧乏なオタクがあぶないナイフを買って、部屋でにやにやしているのとよく似ている。

いなかの警察署からその話を聞いた平沼は、ここに利権のニオイを嗅ぎつけ、事を大げさにして社会主義者の一大検挙事件に仕立て上げた。世に言う大逆事件である。トウガラシ缶で天皇を暗殺しようとしたと言いがかりを付け、不平家につながりのあった人物を片端から収監した。

著名な幸徳秋水をはじめ、収監者のほとんどはトウガラシ男を𠮷外と見てまともに相手をしていなかったのだが、平沼は片端から暗殺事件の一味だと決めてしまった。中にはむかし幸徳とちょっと交友があっただけという、地方の篤農家まで引っ張った。

その篤農家を密かに監視していた警察の記録によれば、言動行動に全く怪しいところは見られず、ただ農業改良にいそしんでいただけという。

平沼は証人も呼ばず法廷を非公開にし、しかも初審だけで、ほぼ全員を処刑するかあるいは獄死させた。証拠もないから、証拠は被告の思想がそれだ、と、法治のしもべにあるまじきことまで言い放ったらしい。

これが社会主義嫌いの元老に可愛がられるきっかけとなり、検事総長や大審院長、はては首相まで務めることになった。平沼は「日本は神の国じゃ」というのが口癖で、それゆえまともな頭を持つ元老からは、アブナイ奴だと嫌われていたにもかかわらずである。汚れ仕事は世間に付きものだが、風呂にも入らぬ汚れ者が、金看板になるのは諸人の迷惑だ、というのが以下の話である。

平沼の出世には、維新当時の倒幕勢力が力を付けるため、田舎の神がかりな𠮷外をも集めて気勢を上げざるを得なかった、という事情が関係していた。借金の取り立てや利権・官職あさりならば、乞食を集めて騒ぐ程度で済むが、2世紀半続いた幕府政府の転覆というのは容易なことではない。

しかももっと困ったことには、維新が成功したために、こうした𠮷外が体制内の一勢力として根を張ってしまったことである。それが一助となって平沼が栄達したわけだが、𠮷外を最高法官や首相に据えるなど、大日本帝国憲法下の体制というのが、いかに脆弱なものであったかがよく分かる。

ただし、平沼の𠮷外は、少し趣を異にする。養子のとある政治家によると、平沼の言い分はこういう事であった。

平沼騏一郎の理想は、人道の窮極「仁愛」が基調の道義国家、すなわち「神ながら」の国家をこの地球上に顕現することであった。徳を本とし、公正無私、絶対平和の天皇を中心に人が皆家族の如く、互に愛し合い、扶け合い、慈しみ合う理想郷をこの世に実現することであったのである。
出典:http://www.hiranuma.org/japan/talk/fire_06.html

平沼はこれを他人には強制した。自分ではやらない。出世のためなら無実の人間を何人殺そうと、眉一つ動かさないのだから、当人には愛も扶け合いも慈しみもあったものではない。我欲のために法を曲げて弾圧行為を楽しんだのも、大逆事件ばかりではない(例1例2)。実際、心から神を信じていたのかも怪しいものだ。我欲の猛烈なサディストというわけで、𠮷外の趣が異なるというゆえんである。

平沼はそこは秀才だけあって、法を作ったりいじくり回したりする実務には長けていたようだ。その中には現実に即したと言えなくはない行為もある。その意味で真ではある、こともあった。しかし上記のように、善では決してない。

敗戦時、平沼は占領軍に捕らえられ収監された。獄の中で平沼は、深夜に泣き叫ぶなど、奇行が多かったらしい。この意味で美でもない。何かと問題山積の東京裁判だが、平沼をくくってしまわなかったことは、泥に更に泥を塗る景色と言うべきだろう。

平沼のような秀才官僚は、特定の時空で何が真かを的確につかむ、ことがある。しかしそれが時空や立場を超えて妥当であるかはわからない、ということがわからない。目前の試験や実務に向けた知識こそ猛烈に勉強してはきたが、要は教養が無いか足りないのである。

狭隘な合目的的に特化し進化した精密機械、という意味で、この手の秀才は昆虫に似ている。事実平沼は首相だったとき、ヨーロッパ情勢をまるで見極めることができずに辞職に追い込まれた。全能感に包まれっぱなしだった甘い男が、「複雑怪奇」という言い訳をするのはまことにふさわしい。

平沼の言う、日本は神の国じゃなどというタワゴトでさえ、特定の時に特定の趣味人の間では、真であることが無くもない。しかし趣味の違う他人にその話は通じない。欲を同じくしていないからだ。まして文化を異とする外国人に聞かせたなら、間違いなく脳か精神医学上の病人だと思われるだろう。

加えて人間はそもそも我欲を離れ得ない生き物である。解脱した者を佛=人で弗(な)し、と書くのはまことに当を得ている。そんな欲にまみれた者が、自分もまた性器をぶら下げた俗物であることに強く留意しないまま、偉そうに事象を見極め真偽を判断するなどほとんど期待出来ない道理である。判断する主体が欲そのものだからだ。だから、ボクは特別、などということを、上記のように平気で言い出す。

そこに権力が加われば、我欲はますます猛り狂うことになる。賢いボクタチ、何でも分かっていると思い上がった生き物が、あろうことか警察や軍隊といった刃物まで持っているのだから、危ながって世間が甘やかしに甘やかすからだ。世間が甘やかさねば、こういう格好をして平気で往来を歩けるわけがない。
平沼騏一郎

賢いかも知れんが真善美のそろわぬ**連中に、人殺しの権限を与えると、世の中こういう事になるのだ。しかもこの手の𠮷外は顔に出やすい。わかりやすいことだ、よくよく観察すれば簡単だろう。


*無論、筒井御大『虚航船団』のパクリである。
なお大逆事件のでっち上げを、最高裁は今も認めず再審を棄却している。審理の記録も、聞くところに依ると未だ非公開という。隠しておけば、あるいは夜陰に乗じて記録を廃棄してしまえば、賢いボクタチにしか、本当のところを探り出せないだろうという、教養の無さと思い上がりの足しっぱなしがそこに見える。

ポンニチの司法役人というのがどのような生き物か、これは戦前も今も変わっていないような気がする。

また私はアカを忌み嫌っているが、それは見聞きしたアカはごくわずかの例外を除いて、ごろつきのような連中ばかりだったからだ。トーマス・マンの言うナチと異なり、アカと知的と良心的は同時に成立しうることを見聞きしたが、大多数のアカは知的でもなく良心的でもない。

しかしアカだからと言って何も悪さもしないのに、首をくくってしまうなど許せることではない。

不愉快だからくくってしまうと言うなら、環境に多様性がなければいかなる生き物も生き延びられない事実を想起したらどうだろう。それを思いもしないから、やはり、教養がないと言うのである。

**:連中は真善美をそろえたかのように人をたぶらかすことには熱心だが、そろえることには全く興味がない。だまされてはいけない。無論、人は真善美でなくとも一向にかまわないどころかそれが当たり前である。しかしそんな奴らに人殺しをのうのうと可能にさせ、罰されもしないのは、私にとって迷惑である。

 
2013-01-05



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コメント

  1. […] あまりにき…なので、明治政府が首にしたほどです。しかし男がばらまいたき…のタネは、日本各地で芽吹いてき…神主や儒者を生み出し、普通の日本人を地獄の戦場に送り出し、東大法学部ではき…の教授が、明治から大正頃までき…の国家論を学生に講義して、続々とき…の高級官僚を生産していました。 […]

  2. […] 経済人も戦争を乞い願った。二二六反乱軍の金主は三井合名である。法曹は平気で法を曲げた。平沼騏一郎がその極めつけである。児島惟謙しか教科書に載らぬのは、他がろくでもなかったからだ。自余の文系業界人は、頭の善し悪しに拘わらず、日本人を幸せにしなかった。 […]

  3. […] さて当時の漢学界は何をしていたか。一つには戦争への地ならしである。その親玉は無実の人を刑殺するのが趣味だった司法官僚出身の平沼騏一郎だった。「日本は神の国じゃ」と言い回る真正の𠮷外でもあった。危ぶんだ西園寺は、平沼の首相就任をできるだけ阻止した。 […]

  4. […] さて当時の漢学界は何をしていたか。一つには対中戦争の地ならしである。その親玉は無実の人を刑殺するのが趣味だった司法官僚出身の平沼騏一郎だった。「日本は神の国じゃ」と言い回る真正の𠮷外でもあった。危ぶんだ西園寺は、平沼の首相就任をできるだけ阻止した。 […]

  5. […] 閲覧者諸賢、思ってもみられよ。維新に成功した明治帝政が「テンノーは神様じゃ」というオカルトを公認し、内村鑑三不敬事件のように社会に強要した結果、アメリカと戦争するなどという𠮷外沙汰を止める、まともな言説を全て封じた。後漢を想像するのはそう難しくない。 […]