辺野古移設問題と編集者稼業

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沖縄で私も考えた

「「今は子どもを食べさせることに必死…」 土砂運ぶダンプ 県民投票を巡る思い」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190218-00386076-okinawat-oki

沖縄の基地問題が報じられるたび、「ああ、これは終わらない問題なのだろうな」と感じます。なぜかといえば、沖縄に住む人々が当事者であるのはもちろんですが、交渉相手の日本政府には基地をどうこうする決定権が無く、当事者ではないように見えるからです。

つまり米軍がその意志であれ追い詰められてであれ、自分から沖縄を出て行かない限り、日本政府にはどうしようもないのでしょう。このどうしようもなさにも関わらず、あたかも当事者であるかのようにふるまい、場面場面で妥結点を探す。しんどい仕事だなと思います。

辺野古の名前が報道に出始めた頃、私は丁度編集者を辞めたのですが、その時沖縄を旅してそう思いました。編集者の仕事もまた、出版予定と横暴な(?)原稿の書き手との間で妥結点を探す仕事だからです。「編集者とは威嚇する太鼓持ちだと覚悟しろ」と言われてはいましたが。

世の物書きというのが、こうも横柄で幼稚だとは、職に就くまで思いもしませんでした。その道の大家相手ともなりますと、なんだか介護施設の職員になったような気分になります。原稿とは全く関係のない、誰それへの愚痴を聞かされ、さんざん鬱憤晴らしを引き受けて。

それで肝心の原稿の話になりますと、旧に耳が遠くなったふりをする…
あ、愚痴を言ってしまった。

日本の役人はおそろしや

話を沖縄の基地に戻すと、私にとってもまるまるの他人事ではありません。米軍が居るのは沖縄だけでなく、米兵の横暴は私も体験したからです。アメリカ政府が口先で言う美辞麗句と、現実の属国扱い、人種差別に当時は腹立ちもしました。しかし一番腹が立ったのは。

自分にも自国政府にも、どうしようもないことでした。まだ若かったから、そうした事に発憤できたと言っていいかも知れません。今はただぼんやりと、香港とかゴアとか、かつて欧米の植民地だった都市から、どのように彼らが退いていったかを思ったりします。

「「ガンジー精神」のインド人へ暴力振るうポルトガルに、インド政府の怒りが爆発 」ゴア 旧ポルトガル領
http://www.geocities.jp/keropero2003/india/goa.html

巷間ささやかれているように、アメリカの本音はグアムまで退く事なのかも知れません。そうなれば沖縄はもちろん日本から、米軍は居なくなるはずですが、そうなったらそうなったで、また戦前のような、ろくでもない文武の役人がはびこりはしないかと心配になるのです。

私は身内に元自衛官も居ますし、現役の友人も居ます。みな良い人たちばかりで、彼らが憲兵のような連中に成り下がるとは思えません。しかしこの国の歴史を振り返るとき、役人は常に甘やかされてきました。そして幼児化し、どうしようもない利権団体になって…。

おそらくは応仁の乱、いや壬申の乱以降、面々と続く日本的役人根性です。八色の姓(やくさのかばね)というのもありましたし。沖縄がこんなに成った原因、先の戦争も同様です。日本人をまるごと死に追いやろうとしたのは、役人の集まりだったことが忘れられません。

…あ、また愚痴を言ってしまった。

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