理Ⅲの思い出

副業で医師をやっている世間師が、デマをばらまいて批判されている。当然と思うが、理Ⅲに受かるような人がなぜと思わないでもない。平沼騏一郎の昔から、この手の高学歴気○いに力を与えると、罪のない人が大勢死んだ歴史がある。珍しくはないが気を付けた方がいい。

しかし平沼の場合は私立ではないが文系バカなので理解は出来る。数学が出来ない=頭が悪いのでものが見えないが、周りが甘やかすから見えると勘違いしてしまう。しかし数学が出来なくて理Ⅲに受かる道理はない。あの学校に行った人の中でも、理Ⅲだけはちょっと特別だ。

私の思い出を記してみる。まず勉強しているところを見たことがない。一度聞いたり読んだりしただけで覚えてしまい、理解してしまうようだ。普段から温厚で怒ったことがない。物欲も少ないようでよく物を呉れる。行き違いがあっても「騙したな」とわめき立てない。

そういう事情だったんだねと穏やかに言う。そしていかにも賢そうな表情をしていない﹅﹅﹅。どことなく捉えどころが無い顔つきをしている。どう逆立ちしても勝ち目がない。イヤ参りましたと言うしかない。かつての知人のうち一人は、そのまま大学に残って医学部教授になった。

もはや付き合いは切れて久しいが、冗談の好きな人で、アメリカの留学先からおかしみのあるはがきを貰ったことがある。他の人はどうなったか知らない。たぶんどこかで、お医者を務めているのだろう。彼らを思うと、とてものこと世間師やデマとは結びつきそうにない。

件の世間師はものすごく我欲が強いのだろうか。そうまでしてお金を稼がねばならんのだろうか。ひょっとして人知れず孤児院でも経営してたりして。だとするならその話を漏らした方が稼ぎが上がるから、理屈に合わない。人相の茫洋とした所はかつての知人に似ているのだが。

知能の高さと温厚には相関関係がある。全ての怒りは自分の無能に怒るので、怒っても無駄だと結論がすぐ出る。また知能の高さと有能とに相関関係があるのは、言うまでも無い。ただし金を稼ぐのに最も効率がいいのは、頭の悪い人を大勢騙すことにあるとも結論が出ている。

だから頭がよくとも、世間師になりたがる者は後を絶たない。これは趣味の問題で、知能の高さと関係が無い。だが私のように頭の悪い者にも、世間師を相手にしないという対抗策がある。まさか頭のいい人が、わざわざ私のような者の所へ押しかけはすまい。効率悪いから。

まあそれでもどうでもいいことで、かつてとは違いその手のデマには必ず検証する人があって、私のような私立文系バカにも分かるよう、数理で解説してくれる動画もある。ありがたいことである。デマと言えば今は納豆が品不足だそうだ。もしもの時には自作してみよう。

大豆は陋宅にもいくらか在庫があるから、煮豆に1パック混ぜたらなんとかなりそうだ。

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