余計な知恵

前回のエントリを書いた後で、『十八史略』の訳に取りかかった所、符合するような話があった。今訳しているのは北宋だが、宋は文化史的には唐と同類にくくられる。しかし政治史的には変化があり、唐まで威張っていた貴族がすっかり落ちぶれ、士大夫の天下となった。

士大夫の条件に、儒学を学び科挙に通ることが求められる。つまり家柄ではなく学歴の世の中になったわけだ。それだけに宋代の儒者はよく勉強し、儒学のみならずさまざまな分野に手を伸ばした。易が中国風味の数理として学ばれるようになったのも宋代からで、数学者も出た。


その一人に邵雍ショウヨウという学者がいて、演算によって占い、外れたことが無かったという。彼は当代きっての儒者、明道と伊川の程兄弟に自身の数学を伝授しようと申し出たのだが、なぜか要らぬと断られたという。その代わり教授を願う者もいて、邢恕ケイジョという士大夫が望んだらしい。

ところが邵雍は、当人に言ったかどうかは不明だが、「悪党に余計な悪知恵を付けたくない」と断ったという。その数学の力で悪党と見破ったか、それとも悪評からか。邢恕は師匠の程伊川に、「人をやり込めたい欲が強すぎて、道徳が消し飛んでいる」と評された人物だった。

邢恕は科挙に通っただけあって、いわゆる高学歴者ではある。幼い頃から古典に通じ、口を開けば「河の流れの如く」しゃべったという。日本語で言うなら「馬のしょんべんみたいに」と言う所だが、なるほど無知ではしゃべり続けることは出来ない。孔子も実に饒舌だった。

だがおしゃべりが概してバカにされるのは、聞き手のうんざりに気が付かないうかつさにあり、要するに認知力の低さと見なされる。人をうならせたり喜ばせたりしたまま喋り続けるのは難しい。それができても人格が伴わないと危険で、ヒトラーの話術は空前の地獄を生んだ。

独裁者はむしろボケてた方がいい。かつて畏友天狗先生が『銀英伝』を評して言った。ラインハルトは血に飢えた暴君だ。年金さえ出してやれば、ヤンもかみさんと大人しくしてたのに。ラインハルトも「戦艦は売れ。話はそれだけか? 猫の世話をせねばならんでな。」とか。

結局、数学にせよ話術にせよ技に長けていることと、人格は別の所に分類すべきであるらしい。となると程伊川の眼力は、なるほど当代随一の儒者ならではと言えるだろう。つまりいくら能ある人でも、欲がそれにまさっていては餓狼も同じで、人を食い散らかして憚らない。


ブッダが欲の抑制を説いたのも尤もだ。ただブッダの経説は徹底した利己主義にあり、慈悲や非暴力を説くのも、そうでないと煩悩の消滅に障るからに他ならない。故に私の見知った理Ⅲ人は、揃って徳のある人物だったが、何を思っての徳だったのかは、私に知れる事ではない。

だが世間師が世間をたぶらかす気持ちは、私立文系バカたる私にもよく分かる。要するに我欲だ。ただし我欲は事業欲でもあって、例えば大勢の人に職を与えたりもする。そうではなく利益を独り占めにする我欲が見え見えだと、この人イヤだなと鼻につくのだろう。


なお中国語の徳という語は、本来徹底的に”機能”の意であり、ここが分かっていないと例えば論語は読み誤る。徳に道徳とか人徳とか捉えどころの無い意味がくっついたのは、それこそ世間師としての儒者が繰り返してきた悪だくみのしわざで、付き合う必要はさらさら無い。

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