ガラが悪い

里は仁あるを美と為す。択びて仁に拠らずんば、焉んぞ知なるを得ん。

ガラの悪い土地からは出て行きなさい。バカがうつるぞ。(論語里仁篇1

私はガラの悪い所に住んでいる。ひとえに金が無いからだ。ゆえに貧民街でもあるが、ガラの善し悪しと少々のカネは、あまり関係が無いと思っている。例えば電話の声がうるさいとて夜中に暴れ込んできた近所の小僧がいた。返り討ちにして締め上げたら泣き出したので放免。

家作持ちの息子で家は小金持ちではあるが、ケンカのやり方も知らぬのに、暴れ込むから頭が悪いという。日曜大工の音がうるさいと文句をつけてきた隣家の借家人もいた。追っ払ったその夜、居合の稽古をしていたらドアの隙間から覗いており、週末までに引っ越していった。

妙な方向にしか想像が働かない。これも頭が悪いと思う。時にお上がなしくずしに、なんたら事態を解除したらしい。今日の買い物に出た途端、至れとマスクをせぬ者どもが少なからずいた。例えばしわが寄った肌なのに頭が茶色いとか、いかにも○が●そうな連中である。

あるいは財閥になるほどカネを持っていても、ガラの悪さは治らないかも知れない。大蔵卿閣下を見ているとそう思う。いろんな経緯で内部を知っているから言うのだが、よほどどうしようもない限り、ソーケーあたりは簡単に転ぶはず。たぶん九九もできなかったに違いない。

なるほど白バカ派以来、それは変わらぬポンニチのけしきだ。

○が●いのは当人に責任がない。だが人にどうこうせいと言う資格も無い。政府はいい加減に事態を解除したが、眉間に銃を突きつけられて強要されたのではない限り、セージ家になられては庶人が迷惑する。九九も出来そうにない相国と大蔵卿が、どうこうせいと言っている。

それを言挙げすることが、そもそもバカらしい。我か彼かが死の選択の時、彼を選べる聖者では私はない。ゆえに他人に期待するのがそもそも間違いで、上つ方が阿呆をさらしても、それは常態だと見るべきなのだ。だからこそ年に一回、渾身の力で帳簿をいじっている。

つとにタケダ先生が言い回ったように、結果から見ると頃名も普通の風邪に過ぎなかったように見える。だが決着が付いたとはとうてい思えない。知らない事は恐れるというのが、生物に本来備わった天賦の装甲であろう。故に弛んだときにこそ運より頭の善し悪しが問われる。

武道で言う残心。してウイルスと言えば藤川先生のブログに、こんな事が書いてあった。

予防:断糖、エサを絶つ
https://ameblo.jp/kotetsutokumi/entry-12575341087.html

私は世間で流行る前から糖質制限していた。だから基本的には賛成なのだが、教わったのは医療関係者でも科学者でもない、女性のモデルさんである。ウイルスは、自分でエサを摂り代謝できないからこそウイルスなれ。私立文系バカらしい係り結びの疑問がむらむらと湧いた。

ググっていくらか調べてみたが、やはりウイルスが糖質をエサにするという話は見つからない。一体どういうことなのか、ちゃんと新品で買った藤川先生の本の読者として聞いてみたい気がする。だがブログでの質疑応答は医師法違反だそうだから、聞こうにもその手段が無い。

そこで思い出すのは、アフリカの奥地でマラリアにかかった人が、ファンタを飲みつつ飛行機で飛んで帰り、一命を取り留めた話である。それを理由に非常時の薬として、ちゃんと砂糖の入ったコーラのデカ瓶を2本ほど用意している。私はバカなことをしているのだろうか。

少なくとも私立文系バカである自覚はある。小僧ほどガラが悪くないと思いたい。



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