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しかし無理があると思ったので、訳者はこの解釈を取り下げた。かように古典の解釈は恥を恐れず、自前で崖にハーケンを打ち込むように、一歩一歩進むしか無い。険しい頂上までケーブルカーさえ出来上がり、太ももを見せたような女子高生すら上がってきても、所詮他人事。

”私道を引きました。かつこの通り頂上に達しています”とは言えないからだ。

ハーケン打ちよりはるかにヌルい、2月の富士の樹海での、二晩耐寒訓練ですらそう思った。死ぬかと思った。だからニセ論語指導士の免状持ちは思い返すといい。講義動画のじじいが、論語にかこつけて何を言ったか。”ワシの食い物になれ”としか言っていない。

つけ加えるなら、”中国を崇め奉れ”と言ったのがせいぜいだ。これがわからぬうちはじじいの食い物で、ひいては売国の手先でもある。ゆえにニセ論語指導士は仮に運がよくても、偉そうに近所でウソとでたらめを広める、きんた○臭い世間の鼻つまみ者にしかなれない。

論語をねじ曲げて好意的に解釈するのも、ケーブルカーの乗客でありながら、頂上で記者会見するたぐいの珍妙に過ぎない場合が多いが、それは極めて現代的な、政治的プロパガンダのニオイもする。いわゆる漢学界の人士が、現代中国の無残と悪辣を言わないのはそのためだ。

いずれ書くかも知れないが、中国は相当昔から根気強く、日本社会に浸透を狙っていた。それは今や、売国奴が一度は政権を取るまでに至った。極めて危険な話である。どうしてその危険が気付かれなかったか。中国のやり方が上手だったからだが、日本の漢学者がアホすぎた。

訳者は世間で流行る前から、現地旅行で不自由しない程度には中国語が話せたし、史記の原文を小学生の時に読み始めた、薄気味悪い少年だった。だがその代わり、中国人に対する幻想が消え去るのも早く、現地に行ったその日に、”こやつらはとんでもない生き物だ”と分かった。

惚れている間は、ある異性の体臭がかぐわしい。冷めたらどうなるかはご存じの通りだ。

だから漢学界の気が狂っているのも早くに気付いた。とある宗教圏の研究が進み難いように、中国の都合の悪いことを一言言おうものなら、日本にあってもありとあらゆる嫌がらせを受けるので、みな黙ってしまっても不思議は無い。常人ならその理不尽に怒る所だが。

生き残ってのうのうと教授になるような連中は、ある種の発達障害で、それがぜんぜん分からないらしい。人界には、そういうことがあるものだ。というわけでろくでもない連中が、戦後以来漢学界を仕切っており、それゆえ日本人の中国理解に、全く訳に立っていない。

それどころかニセ論語教育普及機構のような団体は、子供を集めてうそデタラメを吹き込んで、長じて中国を崇め奉りかねない洗脳にせっせと励んでいる。そこに中国の意志が働いていないと言える者は、原文で史記漢書どころか、たかが孫子も読めない者に限られる。

少しでも良心があるなら、そんなのに手を貸すべきでは無い。おもねるなどもってのほかだ。人様に愛国者になれと言う奴にろくなのがいないように、売国奴にもまともな人間はいない。しかも売国を止めよとは生活から来る要求でもある。浮ついた思想信条で済む感情では無い。

良心のない者は頭が悪い。太古に孔子が気付き、ブッダが見抜いた通りだ。

論語詳解003学而篇第一(3)巧言令色なまぐさき

中国の供物は大がかりになると、まるごと動物を屠って祭壇に供えたりする。孔子も死後、漢の高祖劉邦によって、派手な供物を受けている。ただし下の図は、中華皇帝にしては実にケチくさい供え物と言っていい。

供えられているのはまん中が牛、左が羊、右が豚。牛羊豚と三つ揃った供物や焼肉セットを「牢」といい、その百人前を意味する「百牢」は”最高のご馳走”を意味する。中華皇帝となると毎日というわけには行かないが、それに近い贅沢はどうということがないはず。

劉邦は確かに名君の一人だが、儒者が大嫌いで説教されると、その冠を奪い取って酒臭いしょうべんを垂れたと史料にある。

論語詳解024為政篇第二(8)子夏孝を問う

あざ名(字とも書く)「子有」の「子」は、教師への敬称。

孔子や老子のように、祖師の場合は○子といい、その高弟の場合は子○という。ただし墨家はおおげさに、祖師の墨子(本名は墨テキ)を子墨子(墨先生様)と呼ぶ。慇懃無礼に聞こえるのは気のせいだろうか。少なくとも訳者は九去堂先生様と呼ばれたら、そ奴を張り倒したくなる。

人間の半分は平均以下の知的水準ゆえ、張り倒しされ方の避け方を知らない者が半分にはなる。ゆえにたいていのそ奴らを張り倒すのは簡単だ。10年も修行すれば、張り倒しのバリエーションは多数あるし、縮地法や気の何でも無さも自ずから知る。それらの多くはハッタリだ。

ただし、時により決定的になる。

子有の「有」は、本名である有若の姓と名、いずれかと呼応しているとみるべき。あざ名とはそういうものだと白川博士は言う。

通常、孔子の弟子は卜商子夏の「商」と「夏」、端木賜子貢の「賜」と「貢」のように、名とあざ名を呼応させる。ところが名の「若」とあざ名の「有」には関連性が無い。ただ姓を取って付けた、取って付けたようなあざ名と言える。あるいはただの「ある人」の意かも。

やはり実在は極めて怪しい。

***

以下は全くの余談だが、上掲「子○子」(○先生様)の慇懃無礼について、思い当たる節がある。英語では男子の敬称は言わずと知れたMr.(様)で、教授ならProf.となり、博士ならDr.がそれにとって代わる。ところがドイツ語だと、Herr.は消えずにDR.がただ続き、”博士様”。

しかも学位が二つだと、Herr. DR. DR.と呼ぶらしい。”博士博士様”。馬鹿にしていると訳者には聞こえる。それをからかう英語の随筆を、学部時代の教科書で読んだし、オックスブリッジを出たイングランド人から、直にからかいの言葉を聞いたこともある。

論語 軍事パレード 東独 東ドイツ
「普通は国家が軍隊を持っている、しかしドイツでは軍が兵営として国を持っている」とはよく聞く言葉だ。現在はどうだか知らないが、二次大戦までのドイツは間違いなくそうで、ワイマール共和国の民主主義とは、歴史を知ればへそで茶が沸くほどの何かの冗談だ。

帝政ドイツも同様で、国内にすさまじい数の餓死者が出ているというのに、軍部はいっかな戦争を止めようとは考えなかった。この点に限れば大日本帝国はまだましで、戦時中に国内の餓死者はほとんど出なかったが、内外の交通線を断たれ、いずれ飢餓確実となって手を挙げた。

餓死者が出たのはむしろ戦後で、GHQはそれを隠すため統計を取らせなかった。話を論語に戻せば、現在の中国に国軍は無く、解放軍はあくまでも共産党の私兵に過ぎない。だから平気で人民に発砲し、人民もそれを不思議とは思っていない。旧ソ連ですらあり得なかったことだ。

「发炮法西斯党」(ファシストに発砲せよ)と毛沢東は八路兵に歌わせたが、外国語が出来ない怨みから周恩来の娘や劉少奇本人を虐殺し夫人をいたぶりにいたぶり、人類史上初の、ほぼ確信できる程度に億人単位をいじめ殺したように、ファシストの意味は全く知らなかった。

そんな男の肖像を首都のど真ん中に掲げて平気でいる。紙幣にも刷る。気が狂っている。


臣民に発砲を繰り返したロシア帝国軍への悔恨から、ソ連赤軍は内戦当時から、自国民に銃を向けるのを嫌がった。だからKGBが弾圧用に、自前の軍隊を持っていた。中国とドイツのこの類似性は、両国共に民主主義と人権といった概念と、極めて相性が悪いことを意味している。

民主主義と人権は、えせリベラルの魔の手にさえかからなければ、数理と一致した自然法則にかなっている。つまり、人界の尊貴や貧富はたまたまのものでしかなく、「摂理が人を作るにあたり、何の差別もありはしない」。事実を政治に反映した、実に明るい話である。

孔子の肉声と同じ簡単な話だ。”よいことをする人が、よい人だ”。論語から儒者どもの捏造を除けば、孔子の言葉はこれに尽きる。神は人間のこしらえものだが、こう言ったら分かっても貰えるだろうか。「善きサマリア人たれ」。いたましい景色を見過ごすな。だから強くなれ。

 論語講釈士養成講座 指導動画 論語教育不救機構
その理念から起きた米国が、世界最強になったのは理の当然でもある。ウソとでたらめとでっち上げをこね上げるしか能の無かった儒者のき○たま臭さは、今の中国に絶え果てたと言えるだろうか。少なくとも日本の漢学界はきん○ま臭いし、近年さらに臭いがひどくなっている。

だがなお無慮数千年史を通じて、中国は「独自の民主主義社会」であり続けている。およそ初歩の数理では有り得ないことで、故に論語を読む価値がある。漢文を読めるようになりたかったら、まずは数ⅠAの教科書をやり直せと訳者が言う理由を、わかって頂けるだろうか。

論語詳解002学而篇第一(2)その人と為りや

本名の「参」(三本のかんざし→混ざる)とあざ名の「輿」(担いで人を乗せるこし→万物をのせる台、すなわち大地)の間の関連性は、有若と同じく乏しい。あざ名は”大地の如く偉大な先生”の意で、のちに曽子と呼ばれて祖師扱いされたのも、有子と呼ばれた有若に似ている。

つまりそれだけ、後世の帝国官僚=儒者が担ぎ挙げるには相応しい人物だったのだろう。なにせ頭が悪すぎて、政治家としても学者としても、全く何の業績も残していない(『孝経』は後世の偽作)。白紙だからこそ、好き勝手にでっち上げ、お神輿にするには都合がよかったのだ。

論語詳解004学而篇第一(4)吾日に三たび

なお「卜」とは”うらなう”こと「商」は殷王朝の自称「夏」は言うまでもなく最古の王朝の名。本名の「商」に対してあざ名で「夏」と名乗ったことから、ものすごい古代文明オタクだったと想像される。

論語 殷 金文
ちなみに「殷」は”むやみに人の生きギモを取る残忍な奴ら”という他称である。今で言うなら臓器売買に当たるのだろうか。伝統というものは本当に根が深い。

論語詳解007学而篇第一(7)賢をとうとびて色をかえ

顔回の本名とあざ名の呼応について、「顔回、字は子淵、淵は回水の意」と字通に言う

書経図説 慄慄深淵図
回水とは渦巻きのことで、渦を巻くような深さがあるので淵という。日本ではカッパはふちから上がってくることになっているが、普段は水中深くに潜んでいるのだ。但し遠野のカッパ淵はさほど深くない。顔回も死後の神格化が激しく、有子・曽子と並んで顔子と宗匠扱いされた。

つまりひたすら「偉かった。賢かった」というでっち上げがどしどし付け加わったわけで、とても人間とは思えないような存在に化けた。カッパと変わらない。だから論語の顔回ばなしも、いくぶん割り引いて解釈する必要がある。少なくとも神格化は剥ぎ取らねばならない。

***

「私」の文字=言葉は新しく、論語の時代には無かった。金文や秦の戦国文字が、戦国末期に現れるのが初出。しかも音「シ」訓「わたし」で検索しても、他の漢字が『大漢和辞典』ではヒットしない。訓「わたくし」でようよう「厶」が出てくる。

だが「厶」も、甲骨文では未発掘で、金文も戦国期にならないと見えず、しかも戦国文字の多くは末期の発掘。
厶 金文

***

加えて「私」の字が戦国末期までにしかさかのぼれないように、本章は史実性そのものが怪しい話であり、他の顔回ばなしと同様に、神格化のためにでっち上げられた可能性すらある。少なくとも、顔回の神格化に手を貸すような読み方は、孔子の肉声から遠ざかっているだろう。

ところが論語の本章を、ありふれた漢学教授やニセ論語指導士のような世間師が説くとき、「回也不愚と、二度も顔回の賢明を讃えているんですねぇ~。すごいですねぇ~」と感じ入ったように語るのが常だ。「如愚」(まるで間抜けのようだった)とはまさにこのことだろう。

それを思いもしない日本の漢学教授と世間師は、脳みそが幼稚に思えてならない。

論語詳解025為政篇第二(9)吾回と言ること終日

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