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明治帝が崩御まで正気だったのは、よほど資質が英邁だったに違いない。

西郷隆盛 伊藤博文
それはそうだろう。玉座に詰め寄る閣僚は、どいつもこいつも元テロリストで、西郷のような教唆犯もいれば、伊藤のような実行犯もいた。自分を守るはずの御親兵(近衛兵)までが、銃口を向けさえした。二・二六に出た「カルキョウ暴ノ将校」は、明治の初めから出ていたのだ。

西園寺公望 西園寺公望
呆けた神国論に浸っている余裕はなかったのだ。おじゃる公家の一人である、西園寺公望のような男ですら、幕末維新期には武士の真似して帯刀し、テロリストに交じって何やらやった。晩年の住居だった焼津坐漁荘の、連子窓を区切る丸竹は、襲撃に備えて鉄筋が仕込んである。
坐漁荘

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中島敦とか例に出して、戦前の漢学水準は高かったと言う者がいるがデタラメだ。確かに旧制師範学校や中学校の漢学教員には、読解力の高い人がいたが、コピペ師に過ぎなかったのは宇野と同じ。

当の中島敦にした所で、「よく読んでいる」というだけに過ぎず、「よく解釈している」ではない。難読極まる漢語をべらべらと書き連ねて、当時の読者と戦後の国語教科書筆者をビックリさせただけだ。つまり一種のハッタリ師であり、幼女でもさらいかねない顔をしている。

中島敦 梶井基次郎
だが当人は「耽美派」のつもりだったらしい。同じく耽美派を名乗った梶井基次郎と連れだって、銭湯の鏡で自分の身の程を知ればよかったのだ。定職にも就かずに女性を妊娠させた中島は、もし持病の喘息が悪化しなかったら、勤務先の女子校で何を仕出かしたか分からない。

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たわけの集まりである世間は、喜んで勇ましげな物言いに拍手喝采した。いかなる公的機関も、全く役に立たなかった。帝国憲法の制度上、最後のゴールキーパーだった天皇は、「なんとかしてくれ」と言うばかりで、自分では何もしなかった。つまり誰も責任を取らなかった。

そして日本は一旦滅んだ。戦後はアメリカの属国に落ちぶれた。

自業自得と言うにはあまりに情けないし、忍びない。こんにち外国の回し者やえせリベラルの言うウソは聞くに堪えないが、頭の悪すぎる保守派が戦前を持ち上げるのも、聞くたびにやりきれなくなる。調べもせずデタラメな妄想を言うのは、要するに他人事だからだ。

日本帝国は必ずしも、戦後の中国とその回し者が言い回るような悪の侵略国家ではなかった。だが蒋介石を筆頭とする中国人の無道と悪辣を、漢文業界人は見抜けなかった。『ずぶとく・はらぐろく』の様な例外もあったが、ラーメン屋を拝んだ黄門様から進歩しなかったのだ。

学者を名乗るには怠惰にも程がある。外交官の任地惚れ同様、研究対象に惚れ込んだら、それは頭がおかしいということだ。大学教授を筆頭に、おおむね戦前の漢文業界人は、中学教師を除き常人未満の知能しかなかったから当然ではある。だが高禄と尊敬を受けるには値しない。

近衛と新聞屋は「暴支膺懲ヨウチョウ」(人でなしの支那を懲らしめる)と言って世間を煽ったが、始めからそういう連中だとの理解があれば、日本人はいら立たずに済んだはず。その理解の仕事の責任は漢文業界全体にあり、漢学教授のみならず中学教師も、戦争に引きずり込んだのは同罪だ。

戦後のえせリベラルのような勝手な中国惚れは、戦前も含めていつも裏切られてきたし、世界中が裏切られた。嫌悪も惚れるの一種である。その原因はまるで中国人を知らないからであり、知ったかぶりをした連中が、「孔子様の国」とか言って一般人をたばかり続けたからだ。

歴史にifを語るなら、戦前の日本の漢文業界がもしまともだったら、日中戦争はさっさと終わり、日本帝国は滅亡せず、蒋介石だって台湾へ逃げずに済んだかもしれない。すると狂気の独裁政権が今なお中国を支配することもなく、中国人は幸せに暮らしているかも知れない。

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事は漢学教授に限らない。ざっと文系の大学教授と新聞記者と物書きは、およそ文字が読める日本人の中で、最も頭が悪かった。だからご真影を拝んでいた連中が、敗戦のとたん真っ赤になった。頭が悪いから事の軽重や善悪が判断できず、志操を堅固に出来なかったのだ。

東大在学中に海軍に志願し、戦後作家になった阿川弘之は、そうした連中を軽蔑して「志賀直哉流には”安普請”と言う。風向きが変わるとすぐにガタが来る」と『海軍こぼれ話』に書いた。徴兵を逃げ回った漢学教授の志操が堅固なわけがなく、学生を説諭出来るわけもない。

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NHKも「シルクロード」を流した。中国政府は日本人を丸ごとだませるなら安いものだと、核開発の中心だったロプノール寸前まで取材を許した。呆けた取材陣はアホ面を提げて官製の”現地住民”の”熱烈歓迎”を受けながら、嬉しそうに下手くそな北京語で”ニイハオ”を繰り返した。

少しでも中国語を習った者なら、聞いて顔から火が出るほど恥ずかしい。

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現在、経済人や理系人に、「中国の合理性」をべらべらと讃えるたわけがいる。無知は黙っていて頂こう。中国人のあれは欲に目が眩んでいるだけで、たまたまこの数十年、中国人の欲ボケが合理に見えただけだ。ひとたび合理が目先の欲とぶつかれば、躊躇せず目先の欲を選ぶ。

今に見ているがいい。まともな船舶用エンジンも造れぬくせに、空母を何隻もこしらえ始めた。遠からず「あおのけに高転びに転び申すと見え候」。思い上がった帝国主義を突き進める前に、全ての子供を戸籍と学校に入れ、全ての村に水道を引き診療所を建てるのが先だろう。

戦前日本の「陛下の官僚」そっくりだ。国内に身売り娘が出、輸出工業製品はタワシと歯ブラシ程度しか無かったのに、海外へ投資とは笑わせる。革命以降のフランスやソビエト連邦同様、なべて思い上がった役人国家は、一時いかに強大に見えても、崩壊するときは一瞬だ。

気を付けて見ているべきである。
ナポレオン3世
囚われの身となったナポレオンⅢ世

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それは多少は世間に知られたのかも知れない。かつてお仲間だったメディアからも、漢学は締め出されたからだ。改革開放の当時、知ったかぶりの世間師が、得意がってトウ小平を「デンシャオピン」と呼び、テレビの論者としてもてはやされた。これも聞くに恥ずかしい間違いだ。

要は欧米人が中共に遠慮して、中国語表記をピンイン(中共の定めた発音記号)に代えたゆえ、Deng Xiaopingとあったのを、世間師はパクって知ったかぶりをしたわけだ。中国語を習って二日もすれば、決してやらかさない間違いである。ただのアメしょん爺いだったのだろう。

ただで済まなかったのは漢文読みで、大学でどんなに漢文を学ぼうとも、小中高の教員になるしか行く先が無くなった。加えて読めるようになるためには、教職など取っている余裕はとても無いから、漢文が読めるようになるほど行き場を無くした。漢学界は滅んだのである。

日本の論語業界と漢学界

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