本日の改訂から

従来訳のような解釈は、頭のおかしな爺さんが、気の狂った自慢をしているとしか聞こえない。間違いの元は、孔子が人格者だなどという、儒者のでっち上げを真に受けるからである。革命家でありながら、命を狙われない者など、ただの一人もいはしない。

儒教徒も認めるように、孔子は社会の底辺に生まれた。そして魯国の宰相格にまで出世した。身分制社会で、これは革命にほぼ近い。その上、弟子を連れて国外逃亡し、諸国で政治活動を行ったことも、儒家は認めざるを得ないだろう。既得権益がひしめいている所に、「孔子の理想」をその国で実現させるための運動とは、つまりはクーデターの画策に他ならない。

孔子はとんでもない危険人物だったのだ。だから諸国で追い出され、包囲されて一行は枕を並べて討ち死に寸前まで行った。以上はおおかた、儒教徒も認める伝説を綴り合わせたものだが、それだけで孔子が人格者などでは無い事が証明できる。

その上、春秋時代では「徳」とは能力のことだ。生物の持つ機能と言って良い。平均寿命が30そこそこの時代に70過ぎまで生き、身長2mの体軀で武芸の師範だった孔子は、まぎれもない「徳」の人である。それが人徳の意味になったのは、「君子」同様、孟子が自分の金儲けのために、論語を改変して偽善的な意味をくっつけてからだ。真に受ける必要がどこにあろう。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/jutuji/169.html

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