本日の改訂から

論語の本章は、「仁」の定義である「礼」の基本が、腰を低くし、親しい人を無くした人に同情することだと答えたのだが、それゆえに後世、「仁」=道徳的な何か、と勘違いさせる要素となった。孔子生前の「仁」とは、あくまでも”貴族らしさ”であり、道徳とは関係が無い

つまり本章は、新参者として貴族社会へ入っていく弟子たちにとって、血統貴族に対してどのように振る舞うべきかを答えたのであり、腰が低いと見せ、憐れみ深い性格だと思わせることは、弟子たちにとって切実で実用的な教訓だった。新参者の宿命である。

さもないと、既存の貴族層から袋だたきに遭うからで、道徳の話では全くない。道徳はやるかやらないかが、概ね当人の自由に任されるのに対し、実用的な技能は、「火を付ける前には消火の用意」のように、それ無しでは少なくとも大けがをする羽目になる。

ゆえに儒教の言う礼法は、あたかも法律のように、人の行動を規制しうる。だから孔子の在世中は、ほとんどの弟子はこの理屈を受け入れて貴族への道を進んだ。だが孔子没後はそうでない。「なんでそんなことをしなければならないか」が分からぬまま、ただの強制になった。

この論語八佾篇の冒頭に掲示した「八佾の舞」などはその例で、なんでそんな所作をするのか、もはや誰にも説明できない。もっとも八佾そのものが後世の創作だが、孔子の在世中は礼法の言う挙措動作に、それなりの必然性と実用性があった。ただし少々、派手ではあったが。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/hatiitu/044.html

中国人と、それ以外の野蛮人との厳しい差別は、儒教的価値観が要請する根本的な感情もしくは行為であって、それは先天的に正しいとされた。孔子もその価値観を共有していたことを示すのが本章で、その差別感情には当時なりの理由があり、今日的価値観から批判できない。

孔子の住んだ中原諸国にとって、時おり襲い来る北方の狄人の脅威は抜き差しならない課題で、弟子たちが目指した当時の貴族は、まず自国の防衛を社会から期待された。つまり異民族を撃退出来ることが、社会に対して貴族の特権を主張する最大の理由だった。

例えば孔子にとって第二の故郷と言える衛国は、孔子が生まれるほぼ一世紀前、狄人の侵攻で一旦滅びた。その狄人を撃退し、衛国を再興したのは、名宰相として有名な管仲だった。だから孔子は、「管仲がいなかったら、私もみっともない蛮族に成り下がっていた」と讃えた。

詳細は論語憲問篇18を参照。だから論語の本章は、徹頭徹尾、異民族に対する孔子の差別と解さねばならない。ところが理由は不明ながら、朱子の編んだ新注では、宋の儒者がよってたかって、あらぬ方向に論語の本章の解釈をねじ曲げた。

新注『論語集注』

程子曰:「夷狄且有君長,不如諸夏之僭亂,反無上下之分也。」尹氏曰:「孔子傷時之亂而歎之也。亡,非實亡也,雖有之,不能盡其道爾。」

程子「夷狄ですら君主がいて、秩序正しく治まっている。当時の中華諸国で家老が国公の権威を犯し、文明国のはずがかえって身分秩序が崩れたようなことになっていない。」
尹氏「孔子は当時の崩れた身分秩序を悲しみ、歎いたのだ。だから”夏之亡”と言ったのも、”実際に中華諸国が滅んだ”と言ったのではなく、”国はあっても、正しい秩序を通し切れない”と言ったに過ぎない。」

こう解釈するためには、論語の本章を次のようにむことになる。

夷狄だもこれ君有るなり、諸夏之亡ぶが若きにあらる也。

中国語史から言って、「也」を断定に訓まねばならない時点で、孔子の言葉ではなくなってしまうのだが、「之」の解釈に困って「強調だ」と言い出した。中国語の文法上、「之」は直前の動詞を強調することは出来るが、名詞を強調することは出来ない。

しかも夷狄:諸夏という対句の後に、どちらも「之」が付いているからには、前句と後句でその語義は、同じと解釈すべきである。これはどうにも、徳川家康の「国家安康」なみの無茶苦茶な読みだと言うしかない。妙な解釈を発明して、目立ちたかったのだろうか。

この手の儒者のデタラメが正しいとされ積み重なった結果、漢文にも読解の例外規定が積み重なることになり、漢文は元ネタを知っている者のみが読める暗号文と化した。それは現代に至るまで読もうとする者の迷惑であるばかりでなく、当の中国人の頭もおかしくした。

とりわけ日本においての問題は、儒者や漢学者の脳みその程度を、第三者的に検証する手段を閉ざした。頭のおかしい漢学教授が馬鹿なことを言いふらしても、誰もそれが間違いだと言えないので、それが世間で通るだけでなく、ついには日本人を丸ごと滅ぼす寸前まで行った

話を戻して国際環境的に言えば、新注の時代は論語の時代以上に、深刻な異民族問題を抱えていた。宋帝国は建国時から、北方領土の一部を異民族に占領され、契丹・女真・モンゴルと、次々と強大な異民族の軍事的脅威に押されて、とうとう滅亡することになった。

ならば一層、異民族の差別を言い出してもおかしくないのだが、ここに論語の時代と宋の時代で、貴族のありようが異なっているのが見える。貴族=参政権のある者とするならば、宋代の儒者は試験によって貴族となり、論語の時代の卿大夫士といった階層を独占した。

つまり宋の儒者は世間に対して、自分の特権を主張するのに、試験に受かったことだけを言えばよかった。前線に出て祖国防衛に当たるのは、野蛮で卑しい軍人どもの仕事だと思っていた。もちろん范仲淹のような例外はいたが、他の全てはただのワイロ取りである。

論語 程伊川
新注に言う程子とは程頤のことで、尹氏はその弟子だが、程頤は儒教に黒魔術を持ち込み、妄想で作り上げた理気論なる自然哲学を、言い始めた一人である。例えるなら秘伝のたれが入っていないと公認しないラーメンと同じで、程頤は家元として威張りたかったのだろう。

論語の本章の野蛮人ばなしには、後日談がある。程頤や朱子が作った黒魔術があまりに流行ったため、中国では古注が一冊残らず焼けてしまった。その後紛れもない野蛮人の王朝である清帝国が成立すると、儒者は古代ばかり研究したがるようになった。

現代を研究すると、必然的に皇帝が野蛮人だと言う羽目になり、言った途端に首を刎ねられたからである。それゆえ論語への関心も高まったのだが、研究するにも古い本を片端から焼き払った後で残っていない。そんな折り、日本の栃木の山奥に、古注があるという情報が入った。

驚喜した儒者が長崎経由で取り寄せたのだが、開いて見たとたんに真っ青になった。論語の本章について、清代の儒者は新注の言う通り、「異民族の方が立派ではないか」と読んでいたのだが、古注には「蛮族どもは、どんだけ立派でも所詮蛮族だ」と書いてあったからである。

日本・鵜飼文庫版『論語義疏』

鵜飼文庫版『論語義疏』子曰夷狄之有君不如諸夏之亡也註苞氏曰諸夏中國也亡無也疏子曰至亡也此章重中國賤蠻夷也諸夏中國也亡無也言夷狄雖有君主而不及中國無君也故孫綽云諸夏有時無君道不都喪夷狄强者爲師理同禽獸也釋慧琳云有君無禮不如有禮無君也刺時季氏有君無禮也註苞氏曰諸夏中國也亡無也謂中國爲諸夏者夏大也中國禮大故謂爲夏也諸之也之語助也

「子曰く、夷狄の君有るは、諸夏の亡きにしかざるかな。」

注釈。苞氏「諸夏は中国のことだ。亡きは、無い事だ。」

付け足し。先生は無いことを記した。この章は中国を尊重し野蛮人を賤しんだのである。諸夏とは中国のことである。亡きとは無い事である。その心は、夷狄に君主がいても、君主のいない中華の国より劣りということだ。だから孫綽は言った。

「中華諸国には、時には君主がいないことがある。だが文明が全て失われたわけではない。そこへ行くと夷狄は、強い者が皆の手本になる。これはトリやケダモノと同じだ。」

釋慧琳「君主がいて礼儀が無いのは、礼儀があって君主がいないのより劣っている。」

注釈。苞氏「諸夏は中国のことだ。亡きは、無い事だ。」

中国が諸夏と呼ばれるのは、栄えて広大だからだ。中国では礼儀が盛んである。だから栄えているという。諸とは”これ”である。之とは、助辞である。

泡を食った儒者は本屋と結託して、この部分を誤魔化して世間に広めた。それゆえ清帝国公認の版本では、全然違う文字列になっている。

欽定四庫全書版『論語義疏』

論語義疏 四庫全書版

子曰夷狄之有君不如諸夏之亡也註苞氏曰諸夏中國也亡無也疏子曰至亡也此章為下僭上者發也諸夏中國也亡無也言中國所以尊於夷狄者以其名分定而上下不亂也周室既衰諸侯放恣禮樂征伐之權不復出自天子反不如夷狄之國尚有尊長統屬不至如我中國之無君也 註苞氏曰諸夏中國也 謂中國為諸夏者夏大也中國禮大故謂為夏也諸之也語助也

「子曰く、夷狄だもこれ君有り、諸夏之亡ぶが若きにあらざる也。」

注釈。苞氏「諸夏は中国のことだ。亡きは、無い事だ。」

付け足し。先生は無いことを記した。この章は、卑しい者が貴い者を犯しているのを告発したのだ。諸夏とは中国のことだ。亡きは、無い事だ。その心は、中国で尊重される秩序が、夷狄でもその名称通りに定まって乱れていないということだ。当時、周王朝の権威が衰え、諸侯が身勝手に振る舞い、礼儀作法や音楽や軍事の命令が、周王から出せない有様だった。これはかえって、夷狄の国で目上が尊敬されて秩序が保たれているのに比べて劣ってはいるが、我が中国に君主がいない、とまでは言えなかった。

注釈。苞氏「諸夏は中国のことだ。亡きは、無い事だ。」

中国が諸夏と呼ばれるのは、栄えて広大だからだ。中国では礼儀が盛んである。だから栄えているという。諸とは”これ”である。之とは、助辞である。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/hatiitu/045.html

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