本日の改訂から(2)

さてもののついでに、上掲した吉川の唐音なるものについて記しておこう。普通の日本人が唐音と聞けば、遣唐使の頃の中国語と思うことはあるにせよ、何かしら学問風味の利いた言葉として、ちょっとした威圧感を感じるだろう。だが玄人同士で、唐音を振り回す者はいない。

「私はバカです」と言うのと同じだからだ。唐音とは遣唐使廃止後、明治になって国交を成立させるまでの間、日本に入ってきた中国音を意味する。その期間は約千年で、地域もさまざま、従ってある漢字の唐音は、一つに確立しない。実にいい加減な範疇なのである。

だから唐音をもとに、論理など組み立てられようはずが無く、まともな論文で、唐音を語れば脳みそを疑われるのだ。ただし吉川の場合、高校生程度の知識も無いことが判明しているから、唐音の定義すら知らない可能性まである。ただバカでもハッタリは言えるということだ。

その唐音は、江戸の日本人には実に珍妙に聞こえたらしく、意味はさっぱり分からないながら、「かんかんのう」などの歌舞音曲として流行した。決してあこがれたり敬ったりしたのではない。「唐人の寝言」という言い廻しがあるように、唐音とはふざけた音でもあったのだ。

諸賢はどうか、吉川のような呆けた男に、恐れを抱かないで頂きたい。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/kouyachou/118.html



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