刀の手入れは毎日している

と、論語サイトで言っているのはウソでは無い。お師匠さまから拝受したお刀に、サビ一つ付けたら、申し訳の立てようも無いからだ。

そうした拝領物は別格で、それ以外に私の持ち道具の手入れもある。ここでは言えない刃物の類がいくつもあるが、定期的に手入れが必要。普通の鉄板を片刃に研いで売りに出したナタを、野営の持ち道具として愛用しているのがその一つ。安くて嶺を惜しみなくぶっ叩ける。

その代わり嶺がズタズタになるから、落ち着いて手入れする必要がある。○゛ルカ○イフも同じで、どんなにでかかろうと、鉄をただパンパンと機械で叩いただけの刃物だから、百均のダイヤモンドやすりで、気が向いたときにサビを落とし、研いで油を塗ってやるとよい。

だが打ち物は手入れがまるで違う。見た目はただのナタだが、関鍛冶の打ち物を一本持っているが…。

それはさておき、若い頃の偶然から、中華包丁の打ち物でいいのがある。その偶然は記しようがない。その万能に惚れ込んで、この何十年かその庖丁で腹を満たしている。叩き切れるし潰せるし刻める。だから念を入れて手入れするのだ。この刃先から旨いものが出るゆえに。



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