本日の改訂から(2)

孔子「諸侯が加冠の義を行うのは、夏王朝の末に始まった。それ以来、礼に背くと文句をつけた者は居ない。

天子の加冠は、周の武王が崩御したときに始まる。成王が十三歳で即位することになったので、周公が宰相として摂政となった。翌年の夏六月、葬儀が終わり、成王に加冠して祖先廟に報告させ、諸侯に誰が周王か示したことが初例となった。

周公は祝雍に”お前に王殿下を祝う歌の作詞を任せるが、すでに王として十分だという建て前で書け。幼いことを匂わせるな”と因果を含め、頌=賛歌を作らせた。

祝雍は答えて、”王殿下は民と親しみ、へつらい者を遠ざけ、時を惜しんで政治にいそしみ、財貨を恵み、賢者を近づけてその能力を発揮させると書きましょう”。

出来上がった歌詞にはこうあった。

”ナントカ年ナントカ月の吉日、王は元服の義を行った。これをもって王は幼稚な心を捨て、天子の装いを身につけ、心より天命に従い、世界の模範となった。殿下が祖先に従う限り、永遠に繁栄するだろう”。

これが周公の定めた加冠の礼だ。」

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/sikan/219.html

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