本日の改訂から(2)

論語の本章もまた、顔回を神格化するための偽作なのだが、その成立は『定州論語』にあるからには、前漢宣帝期よりは下らないことになる。顔回の神格化が戦国時代の孟子や荀子の手に寄るものでないことは既に記したが、ではいつなのかと問い詰められると答えが出ない。

まだ詰めてない話で恐縮だが、偽善で国を建て偽善で滅んだ後漢帝国の時代、顔回の末裔を称する連中が、儒学界の一角に確固たる地位を占めていた。博士官を世襲したとあるから、現代日本で言えば、東大教授と両院協議会委員と最高裁判事を代々世襲したことになる。

もちろん日本学術会議会員はシード枠で生まれながらに確保した。そんな獰猛な生き物が要路に据えられていたら、顔回の神格化如き、たやすいものだったに違いない。論語の改竄や偽作挿入など朝飯前だ。ただしその存在が、後漢になってからというのがひっかかっている。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/sikan/224.html

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