昨日の改訂から

日本には確かに戦争を仕掛けられた側面はあるが、昭和に入ってからやることなすこと、致命的な悪手を積み重ねて敗戦へ至った。それへの歯止めをことごとく無効にしたのが神道𠮷外と儒教𠮷外で、21世紀の今となっては、こうした発狂者の社会的影響は知り難い。

だが簡単に想像できる法がある。それは戦後の九条信者に代表される左派の狂気と猛威を思えばよい。まるで議論を受け付けない反知性主義、テロをも辞さない暴力主義、平気で人を差別する非人道主義、そして大義名分を背負った社会的影響力は、両者に共通する特徴だ。

こうした狂気の防止と抑制に学歴はほぼ無力で、帝大法科を首席で出た平沼の発狂がその証拠だ。特に文系は全く当てにならない。トーダイだろうと文系の出は、私立文系バカと差が無いと言ってよろしく、学歴を鼻に掛けて人を見下した上に、その自覚も無いからたちが悪い。

欧米圏に出掛けた人は分かるかも。自覚無き差別が、滅すべき本当の差別だ。奴らは少しでも、まじめに聖書でも読めばよかったのだ。「あなたはちりだから、ちりに帰る」(創世記)。ちりがちりを差別するバカらしさをわからない。これを本当に頭が悪いという。

いくらでも読む機会があったのに、賢者の言葉をバカにする。こうした頭の悪さや狂気から去る道は簡単で、初歩は”どんなに気に食わなかろうが、理があれば理に従う”ことであり、結局は”ひどいことをするな”との法を守ることだ。これが国立理系アホウにも難しいらしい。


戦後左翼の根本は反米感情で、何の罪もない赤ん坊まで焼き殺して回ったアメリカ人を、憎むなと言うのは無理だ。だが左翼は活動すればするほど、連中の言う米帝の走狗になっていることに気が付かない。無残なほど頭が悪く、そのくせ頭がいいと思い上がっているからだ。

https://hayaron.kyukyodo.work/kaisetu/dqn2.html



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