本日の改訂から

論語の時代の君子=貴族は戦士でもあるから、口だけで務まらないのは当たり前で、貴族になろうとする弟子もまた、しゃべったり議論する暇があったら、一生懸命学び、そして稽古する必要があった。それを心得ぬ不心得者に、孔子は本章のように言って戒めたわけ。

なお本章からは後世、論語里仁篇22と、以下のような別伝が作られた。

孔子觀周,遂入太祖后稷之廟,廟堂右階之前,有金人焉。參緘其口,而銘其背曰:「古之慎言人也,戒之哉!無多言,多言多敗;無多事,多事多患。安樂必戒,無所行悔。勿謂何傷,其禍將長;勿謂何害,其禍將大;勿謂不聞,神將伺人。焰焰不滅,炎炎若何;涓涓不壅,終為江河;綿綿不絕,或成網羅,毫末不札,將尋斧柯。誠能慎之,福之根也。口是何傷,禍之門也。強梁者不得其死,好勝者必遇其敵。盜憎主人,民怨其上。君子知天下之不可上也,故下之;知眾人之不可先也,故後之。溫恭慎德,使人慕之;執雌持下,人莫踰之;人皆趨彼,我獨守此;人皆或之,我獨不徙;內藏我智,不示人技;我雖尊高,人弗我害;誰能於此?江海雖左,長於百川,以其卑也;天道無親,而能下人。戒之哉!」孔子既讀斯文也,顧謂弟子曰:「小人識之!此言實而中,情而信。《》云:『戰戰兢兢,如臨深淵,如履薄冰。』行身如此,豈以口過患哉!」

孔子 青年
周の都・洛邑留学中の若き日の孔子が、周の開祖・后稷の霊廟に詣でたところ、右の階段前に銅像がある。口を三針縫い付けられ、背中に次のような由来が書いてあった。

「昔の言葉を慎んだ人である。これに倣って慎め。

口を慎め。口数が多いと失敗が多い。行いを慎め。行いが多いと憂いが多い。気楽に構えて慎みを怠らなければ、行いに後悔は残らない。

大した事ではない、と言うな。今も大きくなろうとしているぞ。何のことも無いと言うな。損害はどんどん増えているぞ。誰も聞いていないというな。精霊のたぐいが人を監視しているぞ。灯し火の間に消さないと、燃え上がってからではどうしようもないぞ。しずくの間に締めないと、ついには川になってしまうぞ。細い間に刈り取っておかないと、はびこってどうしようもないぞ。細い間に抜かないと、まさかりでしか切り倒せなくなるぞ。

実に実に、慎むことが幸せの元である。口は全てを傷付ける、諸悪の元である。強がりをいう者はろくな死に方をしない。人を言い負かす者は敵だらけになる。逃亡者は元の主人を憎み、民はお上を恨む。君子は人の風上に立つ道理が無いのを知り、だからへり下る。人々の先頭に立てない道理を知り、だから後ろを付き従う。

温和、丁寧、慎みの作用に、人は引き寄せられるのだ。高みを譲って大人しくしていれば、人は踏み越えようとはしてこない。人々がわあわあと走り回る中で、自分一人自分を守る。人々がうろたえ騒ぐ中で、自分は関わらずにいる。智恵は心の奥に仕舞っておき、技は人前にさらさぬようにする。となれば一人で孤高を守っても、人は危害を加えてこない。

この教えを誰が能く守るだろうか? 長江は左に流れ、海はさらにその左にあるが、全ての河川の長であるのは、低い位置にいるからだ。天の計らいには依怙贔屓が無いが、それでも人を底から支えている。これを思って慎め。」

孔子は読み終えると、振り返って弟子に言った。「君、これを知りたまえ。この戒めはまことに当を得ている。人の心を分かった上で、事実を教えている。詩に”ぶるぶると深い沼を覗くように、薄い氷を踏み歩くように”という。行動がこのように慎重なら、口を慎むなどわけはない。」(『孔子家語』観周3)

定州漢墓竹簡の発掘により、『孔子家語』が王粛による偽作だという説は、清儒の誣告と判明したが、だからといって全部が史実でないこと、論語と同じ。孔子の洛邑留学に従ったのは、門閥家老家の一員である南宮敬叔だけだし、敬叔は「小子」と呼ばれる小僧でもない。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/rijin/090.html



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