本日の改訂から(2)

中華文明は西欧文明と共に、古代に淵源を持ちつつ現存しているが、決定的な違いは1911年までただの一度も、共和政や選挙王政を経ず世襲帝政が続いたことで、理由は権力が言えばカラスも真っ白になる中国社会で、肉親以外に権力を委譲するなど思いも寄らなかったからだ。

王朝交代と共に、前王朝の末裔が一人残らず皆殺しになる中国社会では、他人に権力を譲れば自分と一族が根絶やしになる。だから共和政にならないのだが、その結果法は尊重されず、Salus populi suprema lex esto(人民の安寧こそ最高の法たるべし)も根付かなかった。

共和政とは誰を人民と呼ぶかの範囲に差はあるが、要するに民主政=多数による支配デモクラシーである。従って多かれ少なかれ、多数派である人民の安寧を至上課題にせざるを得ない。だが共和政を経ないでこの優先順序は根付きがたく、それは壊滅的な敗戦を経た日本人なら分かるだろう。

万機公論に決すべし。五箇条の御誓文にそう明記されていたのに、バカとクズどもがよってたかって無いことにした。始まりは𠮷外儒者の元田永孚であり、そのあとを東京帝国大学法科教授の上杉慎吉が継ぎ、玄洋社やらの頭の悪いゴミの集まりが、日本人皆殺しを推進した。

他方で辛亥革命と共和政を見て、当時の中国人は面食らい、中華民国大総統を、皇帝の異称として理解することにした。袁世凱が帝政を志向したのもそれゆえだ。現中国が誇大広告しているが、帝政反対運動の実体ははあまりに微弱で、大方の中国人には反対する理由がなかった。

帝政が撤回されたのはひとえに、列強が承認しなかったからであり、徴税能力を欠いた初期の中華民国政府は、列強の借款無しに政権を維持できなかった。だから帝政の代わりに軍閥政権が続いたが、蒋介石がその最後を飾れたのは、私兵の武力で塩税を徴収できたからだ。

ただし軍閥の支配は今なお続き、現中国は共産党軍閥という幇による独裁に他ならない。人民解放軍が国軍ではなく、共産党の私兵であることはよく知られている。国軍の私兵化は漢の武帝もやったことで、中国人と相性がいい。だから今後も中国の民主化などあり得ぬだろう。

共産主義という独自の教義を持つ幇が、一国を独裁支配している様は、ナチズムを教義とするナチ党が、ドイツを独裁支配したのとそっくりだ。ナチがドイツを壊滅的な敗戦へ追いやったのと同様、国民国家でもない現中国が、暴走し壊滅的に自壊する未来はあり得るけしきだ。

訳者が、誰それが共産党の序列何番とかいった、半可通が得意げに語る「中国情報」を下らないと断じる理由は以上の通りで、原則を分かっていない者が、朝夕変化する現状をいくら追いかけても、幇の連合体である中国の今や今後は分からないし、まして過去は分からない。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/siro/320.html



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