本日の改訂から

中道=中庸は、論語の一大概念で、孔子の教説の中心の一つと言っていいのだが、その定義を明瞭にやってのけた人間は、孔子を含めてこれまでただの一人もいなかった。『礼記』の中庸篇が、のちに独立して科挙の試験科目になるほど、重視されていたにもかかわらずである。

北京故宮の正殿の一つ、保和伝にも論語から取った「まことなからをれ」との看板が掛かっている。中庸とは”ほどほど”のことだが、「ほどほどにしなさい」という説教はどんなバカにでも言える。だがどういう状態がほどほどかは、孔子ですら説明できなかった。

なぜなら中庸とは、うまく行った後になってから、それに至る過程をそう呼んだのであり、事前や渦中では、原理的に分からない。標準偏差やベルカーブを知っている現代人にしたところで、データが揃ってから片寄りや中央値を指摘出るに過ぎず、未来永劫分かるまい。

まして中国の儒者は科挙の状元(首席合格者)だろうとも、数理的知識や思考力は皆無だったから、漢儒がでっち上げた『中庸』を読めば、分かるのではないかしらん、と思っていただけ。そんなもので分かるわけがなく、さらにその猿真似をした日本の漢学教授にも、中庸がわかっている者は一人も居ない。疑うならためしにΣを示してやるとよい。怯えて黙るはずである。

黙らずわめく本物の馬鹿も珍しくないが、そういう連中こそ「馬鹿と付き合うな」(論語学而篇8)の対象であり、頭のおかしな者への対策は付き合わないことでしかないという事実は、せっせと論語を偽作した儒者ですら知っていたことだ。もちろん孔子も知っていただろう。

孔子も中庸を分かっていなかった事実を、このように告白している。

いはく、中庸ちうようとくいたれるなるたみあざやかになじたり

ほどほどが一番いい。戦乱や天変地異にも拘わらず民が生き残っているのは、明らかにその効果だ。(論語雍也篇29)

これは生き残った後になって、その理由を中庸に押し付けているのだが、では今後はどうすれば生き残れるか孔子に問うたところで、答えられなかったに違いない。だから孔子は本章のように、博奕に当たった者はそれでいいが、当たるとは限らないから狂狷を勧めたわけだ。

孟子も狂狷を説明しているが、孔子と定義が若干違うようだ。

其志嘐嘐然,曰『古之人,古之人』。夷考其行而不掩焉者也。狂者又不可得,欲得不屑不潔之士而與之,是獧也,是又其次也。

孟子
口先で大法螺を吹き、二言目には「昔の人は」と言い回る者がもの狂いだ。もの狂いのやることなすことを観察すると、言っている事が全然やれていない。だがそのもの狂いすら見つからないなら、仕方が無いから潔癖症の者と付き合う。これがかたくな(=狷)者だ。これはもの狂いより一段落ちる。(『孟子』尽心下83)

孔子の言った「狂」は口先とは関係無しに、やりたいことをやる者であるはずが、孟子の言う「狂」は、ただのほら吹きに落ちている。そして「獧」については、これ以外の説明を一切していない。なお別伝では、孔子は次のように「狷」を説明している。

子貢曰:「陳靈公宣婬於朝,泄冶正諫而殺之,是與比干諫而死同,可謂仁乎?」子曰:「比干於紂,親則諸父,官則少師,忠報之心,在於宗廟而已。固必以死爭之,冀身死之後,紂將悔寤,其本志情在於仁者也。泄冶之於靈公,位在大夫,無骨肉之親,懷寵不去,仕於亂朝,以區區之一身,欲正一國之婬昏,死而無益,可謂狷矣。《》曰:『民之多僻,無自立辟。』其泄冶之謂乎?」

論語 子貢 遊説 論語 孔子 たしなめ

子貢「陳の霊公は、家臣ともども夏姫の下半身での”兄弟”になり、お互いその下着をかぶって朝廷に出るようなバカ殿でしたが、家老の泄冶が”いい加減になされ”と諌めたのを、殺してしまいました。殷の比干も紂王を諌めて殺されましたが、どちらも立派な貴族と言えますか?」

孔子「比干は紂王にとって叔父さんであり、後見役でもあったから、殷王朝滅亡を誰より憂いて、紂王が目覚めるためなら、死んでもいいと思っていた。つまり根っからの貴族と言ってよい。

一方泄冶は霊公にとってただの家老であり、身内でも何でもない。霊公に気に入られたくて、乱れた朝廷に仕えたのであり、何の背景も背負わないのに意見した。死んでも何にもならなかったから、ただの狷=犬死にと言うべきだ。詩経に言うだろう、”どいつもこいつも馬鹿者ばかりなら、世間で正義を言い立てたりするな”と。泄冶にはこの道理が分からなかったようだがな。」(『孔子家語』子路初見6)

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あるいは別の観点から、人はなぜ怒るのかを考えるとよい。怒りの原因は他人にあることが多いが、怒りそのものは実は、他人に対抗できない自分のふがいなさに怒っているとわかる。ゆえに能力があればあるほど怒りは減らすことが出来、暴力もまた能力の一つだ。

孔子一門が暴れ者の集まりでなかったことは当然だが、暴れることが出来なければ貴族が務まらなかった。だが孔子は論語の本章で言うように、そうした能力を超えて、人はなぜ和むことが出来るのか、という視点に立つことが出来た。だから本章は、誤解されやすいとも言える。

「何事もお平らに」と言い回る小者のたわごととは、全く次元を異にしているからだ。「和」とはそんなお花畑のではないことを、別伝が示している。

鄭子產有疾,謂子太叔曰:「我死,子必為政。唯有德者能以寬服民,其次莫如猛。夫火烈,民望而畏之,故鮮死焉。水濡弱,民狎而翫之,則多死焉。故寬難。」子產卒,子太叔為政。不忍猛、而寬。鄭國多掠盜。太叔悔之,曰:「吾早從夫子,必不及此。」孔子聞之,曰:「善哉!政寬則民慢,慢則糺於猛;猛則民殘,民殘則施之以寬,寬以濟猛,猛以濟寬,寬猛相濟,政是以和。《詩》云:『民亦勞止,汔可小康。惠此中國,以綏四方。』施之以寬。『毋縱詭隨,以謹無良。式遏寇虐,慘不畏明。』糺之以猛也。『柔遠能邇,以定我王。』平之以和也。又曰:『不競不絿,不剛不柔;布政優優,百祿是遒。』和之至也。」子產之卒也,孔子聞之,出涕,曰:「古之遺愛也。」

論語 鄭子産
鄭の名宰相・子産が死病の床に就き、遺言を子太叔に言った。

「わしはもうすぐ死ぬ。後釜は君が継ぐだろう。だから言っておく。ぬるい統治はよほどの腕利きだけが出来ることで、凡人は厳しい統治を心掛けねば民が言うことを聞かない。誰もが火を恐れるのと同じだ。だから焼け死ぬ者はそれほどはいない。だが一見穏やかに見える水に溺れて、死ぬ者は多い。よいかな、ぬるい統治をしてはいかんぞ。」

子産が世を去り、子太叔があとを継いだが、「むごいお人じゃ」と言われるのが嫌で、ぬるい統治を行った。するとあっという間に、鄭国では盗賊が横行するようになった。太叔曰く、「ああ、子産殿の言った通りにしておけばよかった。」

伝え聞いた孔子「全くその通りだ。ぬるい統治では民がつけ上がる。つけ上がったらギリギリ厳しく縛る。厳しすぎると民が弱る。弱ったらまたぬるくしてやる。ぬるいのが厳しさを救い、厳しさがぬるさを救うのだ。どちらもかたより無く揃って、やっと政治が「和」になる。

詩経に言う。”民が弱っている。少しはぬるくして欲しい。中華も蛮族ももろともに”と。これはぬるさの効果を言ったのだ。また言う。”言い逃れを見逃さず、DQNどもを震え上がらせ、馬鹿者どもを大人しくさせるのだ”と。これは厳しさの効果を言ったものだ。

また言う。”蛮族を大人しくさせ、領民を教育し、それで王位が安定する”と。安定には「和」が必要なのだ。また言う。”争わない、求めない。いかつくもないしヤワでもない。政治に余裕があってこそ、天の恵みは訪れる”と。これが「和」の窮極だ。」

子産が亡くなると、伝え聞いた孔子は、涙を流してしのんだ。「そのかみ洛邑留学の途中、本当によくして下された。」(『孔子家語』正論解12)

ところが案の定、儒者は古注も新注も、小人は利益を争うから和むことが出来ないのだ、と書いた。つまりは論語の本章を誤解した。利益を争わずに済む者は原理的に存在しないから、論語の本章を絵空事にする感想と断じてよい。

古注『論語義疏集解』
子曰君子和而不同小人同而不和註君子心和然其所見各異故曰不同小人所嗜好者同然各爭其利故曰不和也
論語 古注 何晏
本文「子曰君子和而不同小人同而不和」。
注釈。君子は心穏やかに人と付き合うが、意見はそれぞれ違っている。だから「不同」なのだ。小人は好みが皆似ているが、互いに利益を争うから、「不和」なのだ。

新注『論語集注』

和者,無乖戾之心。同者,有阿比之意。尹氏曰:「君子尚義,故有不同。小人尚利,安得而和?」

論語 朱子 新注 尹焞
和とは、はねのけ背く心がないことを言う。同とは、機嫌を取って横並びになることを言う。

尹焞「君子は正義を尊び、だから同じでないところがある。小人は利益を尊ぶから、どうやって和むことがあろうか?」

尹焞は北宋滅亡の際、家族を皆殺しにされ、自分も大けがを負って一時人事不省となり、弟子が担ぐ戸板に載せられて山に逃げ、何とか蘇生したという(『宋史』尹焞伝)。新注の儒者の中では比較的ひどい目に遭った人物だが、高慢ちきや絵空事からは離れられなかったようだ。

それとも遭難前の作文だろうか?

話を論語に戻し、「儲かるなら露払いだってやる」(論語述而篇11)と言ってのけた孔子の視点に立てば、君子だろうと小人だろうと、大いに利益を争ってよいのである。ただし、無能なうちはつまらない争いをすることになる、だから精出して学び、稽古せよと弟子に言った。

それが本章の文意である。

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