本日の改訂から(2)

林羅山 五経
ウソだと思うなら、羅山の付けた訓点に従って、漢籍を読んでみるといい。まず日本語にはならない。要するに羅山は日本儒者の元締めの地位を死守したかったのであり、漢籍が読めるかどうかは二の次で、猿山のボスが頂上に座るが如く、デタラメに訓点を付けたに過ぎない。

羅山は世に出た時期がよかった。もし仕えたのが信長で。こういうデタラメがバレでもしたら、ノコギリ引きにされただろう。その点家康は政治上の差し支えがなければ、茶坊主のインチキには寛容だった。それゆえ羅山は好き放題に、少しでも漢文の読める者を食い物にした。

この悪癖は戦前の帝大総長・服部宇之吉も同様で、その記した訓点ではどう読んでも、その記した書き下しにはならない。宇之吉が発狂していないと仮定するなら、他人の仕事を盗んで、自分の仕事だと言い張ったとしか解せない。さらにこの悪癖は、戦後にも及ぶ。

日本の漢学教授の多くが、他人の仕事を無断で盗んで金だけ受け取った。権威あると言われる明治書院の訳本にもそれがある。パクって済まないとも恥ずかしいとも思わない。これが儒教文化の特徴だが、この意味に限るなら、日本の漢学界は、犯罪者の集まりと断じてよい。

https://hayaron.kyukyodo.work/kaisetu/dqn.html



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