本日の改訂から

論語の本章で孔子が言うのは、貴族と庶民で知識の範囲が違う、とのことであり、小人を区別はしても差別はしていない。文字の教養が貴重だった中国古代、庶民が文字情報に接していないのは当たり前で、それを知らぬからといって馬鹿にするような愚劣は孔子に無かった。

現代に見られる学歴差別は、実は義務教育の普及無しではあり得ないことだ。同じ環境を与えられながら、出来ない者を差別し始めた。それもまた生まれつきの向き不向きを無視するという、無知の結果ではあるのだが、論語の時代を現代と、同じに考えては読み誤る。

ドストエフスキーの出世作、『死の家の記録』に、シベリア送りになった貴族身分の主人公を、庶民出身の周りの囚人が、まるで子供を扱うように接している模様が記されている。これはドストエフスキーの創作ではなく、彼自身シベリアの流刑地で収監生活を過ごしている。

シベリアのような土地で人が生きていくには、寒さの防ぎ方を始め、あらゆる技や知識が必要だった。孔子はそうした「下達」を、下らないとは思わなかった。孔子自身社会の底辺に生まれ、盗賊や野獣が横行する中原平野を、母に手を引かれてさまよった経験があったからだ。

無論それには、顔氏一族という傭兵団の護衛がついていたが(→孔門十哲の謎)、野営生活は孔子にとって慣れた経験だったろう。対して『死の…』主人公は囚人に課せられた肉体労働を全くやらせて貰えず、たまの入浴の時は頼みもしないのに、庶民の囚人が介添えについた。

監獄には風呂の設備は無いから、月に二度ほどまちの風呂屋へ集団で行く。無論監視は付いている。囚人は「1カペイカ銭のような石鹸」を一つずつ渡され、ロシア風の蒸し風呂に入る。汗を流した後洗いにかかるのだが、ふだん特に親しくもない囚人が、主人公のそばに寄る。

「さ、あんよを出しなせえ」と工藤精一郎先生は訳している。「彼らにとって私のは”あし”ではなく”あんよ”だった」。天才ナポレオンが率いた大陸軍グランダルメも、精鋭ドイツ軍も、ついには敗退の憂き目を見たのは、ロシア風の「下達」をしていなかったからに他ならない。

加えてそれらの前に、最盛期のスウェーデンも同じ破れ方をした。ピョートル大帝の軍をカール12世はナルヴァで破りながら、後の補給を閉ざされてさまようハメになった。スウェーデン軍の兵士は「ニンニクだけが頼り、それでもダメなら死ぬだけだ」と言い合ったという。

ポルタヴァの戦いは、スウェーデン軍が弱り切った所をロシアが狙って快勝を得た。

ロシアのいわゆる焦土戦術は、ナポレオン戦争時のクトゥーゾフが行ったものが知られるが、その淵源はこの北方戦争だった。それは撤退地の住民にすさまじい苦痛をもたらしたが、戦勝をもたらすことで帳消しになった。ソ連時代の小話にもそれを誇ったものがある。

中東戦争の最中、エジプト軍が動かない。怒ったナセルが前線に電話を掛けた。

ナセル クツーゾフ
ナセル「なぜ前進せんのだ!」
前線指揮官「は。かのクトゥーゾフ元帥にならい、雪が降るのを待っております。」

お若い諸賢もおられようから蛇足を記すと、冷戦時代のソ連はアジア・アフリカ諸国独立と解放の旗手と見なされ、多くの若者がソ連で学んだ。軍人もまたその中にある。ナイル川に築造された世界最大規模のアスワン・ハイ・ダムは、ソ連の技術と援助によって作られた。

話を論語に戻すと、孔子はこうも言っている。

論語 孔子 水面キラキラ
私も若い頃は身分が低かった。いろんな仕事で食いつないだもんさ。(論語子罕篇6)

この章は全体としては、「也」の用法で史実性に疑問があるが、この言葉の部分は史実と見てかまわない。そして孔子塾で教授した六芸=礼法・音楽・弓術・戦車術・読み書き・算術の全てに、実は手仕事という「下達」が不可欠だった。道具の作成や手入れが要ったからである。

論語の時代、貨幣経済は極めてか細い。礼服も楽器も弓も、馬具も筆記具も算木も、使う者が、自分で作らねばならなかった。手先不器用では、孔子塾生は務まらなかったのだ。領主貴族なら家臣に任せることも出来たが、まず下級の士族を目指した弟子に望めることではない。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/kenmon/356.html

人文とは人を知ることであり、目の前の人間にもこういう事情がある、と思いやれる修行を言う。思いやった結果、やはり許せずにぶちのめすことはありうるが、始めから相手を対等の人間として見ないのとはまるで違う。だから人文的に頭のいい人は、人柄がいいのだ。

孔子が説いた人格修養は、実にこうした人間像に他ならない。相手を許すのは、知らないからでも、自分が弱いからでもない。孔子の生前の君子は、戦士を兼ねるからには、素手で人を殴り殺せるのが条件だった。だからゆえなく人を見下げないし、恐るべきは恐れたのだ。

孔子や論語を理解しようとすれば、人文的に接近するしかない。理系の知識は古代中国を理解するのにあまり役に立たないし、社会科学系はなおさらどころか、時に論語を読み誤る危険さえある。その一つが、古代中国の制度なるものを持ち出して、論語や孔子を説くことだ。

法や制度がそのまま社会の実態を反映するわけではない。「ごめんで済んだら警察要らん」と俗に言う。社会が制度のままなら、古代ギリシアの英雄譚は半減する。ペルシア軍が迫ったら、ギリシア人はただ火を焚けばいい。平伏したペルシア兵は、戦どころでなかったはずだ。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/kenmon/350.html

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