本日の改訂から(2)

論語の本章については以上だが、本章の考証に関して清末民初の儒者・崔適の『論語足徴記』に、珍妙な記事があるので訳文を示す。

『列女伝』によると、蘧伯玉が霊公に仕えた記事がある。ところが『左伝』は、献公から仕えたと書いている。

…献公は魯の襄公十四年(BC559)に国を追われている。つまり国政が荒れたわけだから、蘧伯玉は当然引退したのだろう。そして『礼記』には、”四十過ぎてから仕えるものだ”と書いてある。それから七年過ぎて孔子が生まれた。つまり蘧伯玉は孔子より五十ほど年長という事になる。

そして孔子は五十九歳のとき、蘧伯玉の屋敷に逗留したと『史記』が言う。蘧伯玉は百二十歳を過ぎていなくては計算が合わない。いくら古代に長寿の人が多いからと言って、蘧伯玉は仙人のたぐいなのだろうか?

儒者の弱点は数理的論理力の弱さとたびたび指摘したが、上掲の例もその一つで、論の原点は「四十過ぎてから仕えるものだ」という『礼記』にある。大小の礼記は漢儒のでっち上げだが、それを知らないとしても、「『礼記』にあるからには一般的事実」と言い張った。

また50+59は109なのだが、いつの間にか「蘧伯玉は百二十歳を過ぎ」たことになっている。読むそばからデタラメが分かるようなことを、平気で書いているが気は確かなのだろうか。訳者にとってはこういうトンチキをからかうのが面白いのだが、まじめに読んだ人は気の毒だ。

だがそれゆえか、論語関連の書籍が次々と電子化され公開されているというのに、『論語足徴記』にはその気配が無い。全文読んだわけではもちろんないが、この部分だけからも、筆者のアホウぶりがわかる。あまりに役に立たぬゆえ、誰も電子化の労を取ろうとしないのだろう。

韓国との外交交渉が、あたかもどんどん後退するゴールめがけて球を蹴るサッカーのようであったように、儒教文化圏の指導者や知識人は、まず自分が絶対無謬の正義であるという原点から話を始める。だからどんなにおかしな事を言っても、自分の間違いに気付く機能が無い。

科学が科学たり得るのは、反論可能性を保証するからで、絶対正義を説くのは宗教であり、信仰は狂信に他ならない。だからソ連原潜K219のブリタノフ艦長は、「潜水艦勤務は信仰である」と艦の標語に掲げた。気が狂いでもせぬ限り、核弾頭と隣り合わせに寝られはしない。

人が信仰を賞賛するのは、その狂信が自分に都合のよいときに限られる。そして儒教ももちろん、人をクルクルパーにする𠮷外宗教である。無慮二千年続いた儒教帝国が滅んだというのに、まだ信仰を説いたわけで、今もなお儒教に頭をやられ、正義を説く隣国がある。

一種の狂人に他ならないのだが、それはそういう生き物だと見切るしかない。前世紀の末まで、韓国・朝鮮に不都合なことを公言すれば、学会では𠮷外扱いされ、一般社会ではクズ扱いされた。30年前から「連中は狂っている」と言ってきた訳者は、確かにそれを覚えている。

当時日本社会が、間接的に儒教の害毒を受けていた程度が分かるというものだ。ところが今になって堰を切ったように、連中𠮷外説を唱える動画やらブログやらが出回っている。尻馬に乗ると今度は自分が𠮷外になるよ、と言ってやりたい気もするが、無駄なことゆえ止めている。

狂う者は我から狂うのだ。言ってやってもろくなことがない。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/eireikou/385.html

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