昨日の改訂から

元は羊飼いの部族だった周王朝らしい価値観で、羊を用いるような祭祀での、共同幻想的な正しさを言う。

字形的には羊+我”ノコギリ”。音的に同音で春秋時代以前に遡り得る字形は「宜」しかなく、「宜」はもと”まな板”+”肉”で、人や獣を殺して神に捧げることだった。おそらく羊を供える際には「義」の字で区別したと思われる。ただし「儀」の初出は前漢の隷書

とうの昔に、人を供物にする習慣は廃れていた。それまでは「義」の字から独立していない。殷周革命の精華の一つはこの人間主義で、下掲『字通』が「宜」の甲骨文時代の用例として人身御供を記すのに対し、孔子は周の人間主義を讃えた(論語八佾篇14)。

ただし「儀」に”贈答品”の語義があるのは、はるか太古の名残かも知れない。論語語釈「儀」も参照。

つまり「義」の原義は祭祀としてよろしきを得ることで、多分に幻想的価値観を伴う。孔子が弟子に説教して「義」と言うときは、「仁者」=”理想的貴族”としての「義務」=”つとめ”を意味する。その中には戦場での武勇や行政処理能力が含まれる。

なお現代中国語での「義」はyìと発音し、「威」と関係がありそうに勘違いしてしまうが、現代中国語ではwēiであり、カールグレン上古音は「義」ŋia(去)に対してʔi̯wər(平)であり、まるで違う。

https://hayaron.kyukyodo.work/gosyaku/ki.html#義

なお現代中国のような解釈は、古注の後漢儒者が書いたデタラメを真に受けたもので、全く根拠がない。

古注『論語集解義疏』

註鄭𤣥曰義以為質謂操行也遜以出之謂言語也

鄭玄
注釈。鄭玄「義以為質とは行動を正義に叶わせることをいい、遜以出之は発言を慎むことを言う。」

これは本場の儒者にすらバカにされている。

操行不独義也、礼与信皆操行也。吾謂君子体質先須存義、義然後礼、礼然後遜、遜然後信、有次序焉。

韓愈
韓愈「行動が正義に叶っているだけでいいのか。礼儀作法や信頼もまた行動を整えるには必要である。私が思うに、君子は自分自身を正義で作り上げたのち、礼儀作法を守り、のち謙遜を学び、そしてやっと信頼される。このように人格形成には、順序があるはずだ。」(『論語筆解』)

時代が下って明末、戦死した貧しい武官の子に生まれたギョウ(季二曲)は、生家の事情と共に明末清初の社会崩壊に出くわして苦労しただけあって、こういうことを書いている。

惟君子方義以爲質、若小入則利以爲質矣。利以爲質、則本質盡喪、私欲簒其心位而為主於內、耳目手足悉供其役、動静云爲惟其所令。即有時而所執、或義節文咸協、辭氣雍遜、信實不欺、亦總是有爲而爲、賓義主利、名此實彼、事成功就、聲望赫烜、近悦遠孚、翕然推爲君子、君子乎哉?吾不知之矣。

李顒
考えてみると、君子が正義を自分の本質にすると言いながら、実は小人が利益を本質にするのと同じだ。利益本位なら、自分そのものが消し飛んでしまう。我欲が心を奪い、我欲がその人そのものとなり、耳目や手足は欲望の奴隷に成り下がり、やることなすこと欲望の表れでしか無い。

だから君子だろうと欲望に囚われたが最後、正義やけじめや言葉さえも、欲望の道具に成り下がる。立ち居振る舞いが謙遜に見え、性根が正直で人をだまさぬように見えながら、それらは全て利益のためにやるのであり、正義は二の次で実は欲得づく、正義の名の下に利益を求めるわけだ。

そうしたやからがもし成功すれば、名声が燃える炎のように輝いて、近くの者は褒めそやし、遠くの者は慕い寄る。そういう事情がよってたかって、欲望の権化を立派な君子に仕立て上げるが、それは本当に君子なのだろうか。私に分かることではない。(李顒『四書反身錄』)

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/eireikou/396.html

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