本日の改訂から

司馬季主捧腹大笑曰:「觀大夫類有道術者,今何言之陋也,何辭之野也!今夫子所賢者何也?所高者誰也?今何以卑汙長者?」二君曰:「尊官厚祿,世之所高也,賢才處之。今所處非其地,故謂之卑。言不信,行不驗,取不當,故謂之汙。夫卜筮者,世俗之所賤簡也。世皆言曰:『夫卜者多言誇嚴以得人情,虛高人祿命以說人志,擅言禍災以傷人心,矯言鬼神以盡人財,厚求拜謝以私於己。』此吾之所恥,故謂之卑汙也。」

司馬季主「ホーホッホッホ。お二方は見る目をお持ちのようだ。だがおかしな事を仰いましたな? 易者が卑しいというのなら、いったいどんなお方が、世にも貴いと仰るのですかな?」

二人「官位と俸禄が高いのを、世では貴いと申し、賢者がそうなると言われています。先生はそうではありませんから、むさ苦しいと申し上げたのです。それにこういうところに店を出す者は、だいたい口を開けばウソを言い、言ったことはデタラメで、占っても全然当たらない。だから卑しいと申し上げたのです。

世間ではそう言いますし、こういう悪口も聞きますぞ? いわく、易者はハッタリで客を脅し、まやかしで客を怖がらせ、デタラメで客の心を傷付け、お化けを語って金を取り、私利私欲ばかり貪る連中だ、と。」

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/jutuji/163.html

司馬季主曰:「公且安坐。公見夫被髪童子乎?日月照之則行,不照則止,問之日月疵瑕吉凶,則不能理。由是觀之,能知別賢與不肖者寡矣。

「賢之行也,直道以正諫,三諫不聽則退。其譽人也不望其報,惡人也不顧其怨,以便國家利眾為務。故官非其任不處也,祿非其功不受也;見人不正,雖貴不敬也;見人有污,雖尊不下也;得不為喜,去不為恨;非其罪也,雖累辱而不愧也。

論語 史記
司馬季主「ホホホ。まあお楽にお聞き下さい。お二方は、子供が天気の良い日に遊びに出掛け、雨降りには引き籠もっているのをご存じでしょう。ですが子供に、天の運行が分かっているわけではありません。ですから知っているように見える者と、本当に知っている者を見分けるのは容易ではありません。

本当の賢者は、本当の事を言って間違いを指摘しますが、三度言っても聞かれなければ見放します。誉めるにも本当に偉いと思って誉めるので、ゴマをすろうとは思いません。こき下ろすにも本物の悪党をこき下ろし、その悪党から恨まれて当然だと思っています。そうやって社会のために尽くすのです。

だから自分に務まらない官職には就きませんし、稼ぎもしない俸禄を受け取ろうとはしません。お偉方だろうと悪党ならバカにしますし、貴人だろうとクズなら敬いません。貰っても喜ばず、追い払われても恨みません。無実の罪なら牢に放り込まれても、ちっとも恥ずかしいとは思わないのです。

「今公所謂賢者,皆可為羞矣。卑疵而前,孅趨而言;相引以勢,相導以利;比周賓正,以求尊譽,以受公奉;事私利,枉主法,獵農民;以官為威,以法為機,求利逆暴:譬無異於操白刃劫人者也。初試官時,倍力為巧詐,飾虛功執空文以罔主上,用居上為右;試官不讓賢陳功,見偽增實,以無為有,以少為多,以求便勢尊位;食飲驅馳,從姬歌兒,不顧於親,犯法害民,虛公家:此夫為盜不操矛弧者也,攻而不用弦刃者也,欺父母未有罪而弒君未伐者也。何以為高賢才乎?

お二方は高官らを貴いと仰るが、どいつもこいつもクズばかりではないですか。貴人の前で這いつくばり、耳障りのいい事ばかり言い、互いにつるんで虚勢を張り、利権を仲間内だけで独占する。まともな事を言う者を仲間外れにし、やりもしない名誉を求め、お官僚様だと敬われる。

私利私欲に走って法を曲げ、農民からは搾り取り、権力で人々を脅しつける。裁判沙汰があればワイロが取れると喜び、ワイロ次第で無実の者をいたぶる。まるで刃物を振り回す通り魔ですな。

採用時の面接では出来もしない技能を言い立て、うそデタラメで皇帝陛下をたぶらかし、そのおそばで虎の威を借りて悪さをする。官職を得るためには有能な人を蹴落とし、見せかけの功績を言い立て、ありもしないものをあると言い、針小棒大を事とする。それで高位高官に成り上がったのです。

そして成り上がって何をしたか。うまいものをたらふく食い、高級車を乗り回し、美人をはべらせ合唱団に歌わせ、親族が飢えようとほったらかし、法は踏みにじる民はいたぶる、これではお上の権威を、ドブに捨てるも同然だ。自分で手を下さないだけで、強盗団とおんなじだ。

つまりは、親をだまし主君を殺しても、ただ捕まらないだけの連中ですよ。そんな奴らを、なんで貴いと仰るのですかな?

「盜賊發不能禁,夷貊不服不能攝,姦邪起不能塞,官秏亂不能治,四時不和不能調,歲穀不孰不能適。才賢不為,是不忠也;才不賢而託官位,利上奉,妨賢者處,是竊位也;有人者進,有財者禮,是偽也。子獨不見鴟梟之與鳳皇翔乎?蘭芷芎藭棄於廣野,蒿蕭成林,使君子退而不顯眾,公等是也。

こんな奴らが上に居るから、盗賊は捕まらないまま世にはばかり、蛮族は暴れ回って手が付けられず、悪党は詐欺のし放題でますます増え、行政は滞って放置され、天候までおかしくなり、不作が続いているのです。

才ある者が上に立てないのは、お上への不忠と思いませんか。無能な欲タカリが徒党を組んでいるのは、給料泥棒以外の何者ですか。派閥人事が横行し、昇進にワイロが必須となるのを、インチキと言わずに何と言います。

悪賢いフクロウと気高い鳳凰は、同じ空を飛び回りますし、香草と雑草は同じ地面に生えますが、人界では賢者が追い払われてゆくえが知れない。さてお二方はどちらですかな?

「述而不作,君子義也。今夫卜者,必法天地,象四時,順於仁義,分策定卦,旋式正棋,然後言天地之利害,事之成敗。昔先王之定國家,必先龜策日月,而後乃敢代;正時日,乃后入家;產子必先占吉凶,后乃有之。自伏羲作八卦,周文王演三百八十四爻而天下治。越王句踐放文王八卦以破敵國,霸天下。由是言之,卜筮有何負哉!

古人の言葉を誠実に伝えて、自分の勝手な意見を言わない”。孔子様もそう仰いました。それが知識人の道徳というものです。お二方は易者を卑しいと仰るが、易者は誠実に天地に従い、道具を定め通りに操って、世の吉凶を申すのです。いにしえの帝王が易によって、国と一族を勃興させたのもそれゆえです。その発祥は神代の昔である上に、歴代の賢者が改良を重ねました。それでも易者が卑しいと仰るのですかな?

「且夫卜筮者,埽除設坐,正其冠帶,然後乃言事,此有禮也。言而鬼神或以饗,忠臣以事其上,孝子以養其親,慈父以畜其子,此有德者也。而以義置數十百錢,病者或以愈,且死或以生,患或以免,事或以成,嫁子娶婦或以養生:此之為德,豈直數十百錢哉!此夫老子所謂『上德不德,是以有德』。今夫卜筮者利大而謝少,老子之云豈異於是乎?

今お二方をお迎えしたように、我ら易者は礼儀知らずではありません。語るのは世の道理であり、そうやって社会に尽くすのです。だから見料と言っても、たったの百銭ほどしか頂戴しません。それで世の困った人々を助けているのです。安いものだと思いませんか。

老子様も仰いました。”本当の奉仕というのは、一見奉仕に見えない”と。我ら易者は、老子様の教え通りに商っているのです。

「莊子曰:『君子內無饑寒之患,外無劫奪之憂,居上而敬,居下不為害,君子之道也。』今夫卜筮者之為業也,積之無委聚,藏之不用府庫,徙之不用輜車,負裝之不重,止而用之無盡索之時。持不盡索之物,游於無窮之世,雖莊氏之行未能增於是也,子何故而云不可卜哉?天不足西北,星辰西北移;地不足東南,以海為池;日中必移,月滿必虧;先王之道,乍存乍亡。公責卜者言必信,不亦惑乎!

荘子様も仰いました。”本当の賢者というのは、飢えたり凍えたりしないし、外に出てもひどい目に遭わない。地位が高ければ敬われ、低くても小突き回されない。自由自在、これでなくては賢者でない”と。

我ら易者はまさにそうで、仰々しい道具も、仕舞い込む蔵も、家移りする荷車も、重い荷物も要りません。どこでもパッと店を開いていつでも仕舞えます。実に身軽に世を渡り、荘子様の教え通りに生きておりますのに、お二方は易者を詐欺師か何かのように仰る。果たしてこの世の道理をご存じですかな?

よろしいか、天は西北の柱が折れたままだから、星はそちらに動いてゆき、地は東南の止め綱が切れたままだから、川はそちらに流れて海になっているのです。日は上り詰めれば落ちていき、月は満ちれば必ず欠ける。どんな名君の治世も、永久に続いたことなどありません。

かように変転極まりないこの世の中で、お二方は易者の占いが、百発百中でないとお責めになる。ご自身の間違いに気付きませんか。

「公見夫談士辯人乎?慮事定計,必是人也,然不能以一言說人主意,故言必稱先王,語必道上古;慮事定計,飾先王之成功,語其敗害,以恐喜人主之志,以求其欲。多言誇嚴,莫大於此矣。然欲彊國成功,盡忠於上,非此不立。今夫卜者,導惑教愚也。夫愚惑之人,豈能以一言而知之哉!言不厭多。

お二方は、朝廷で羽振りの良い者が、どんなデタラメを言っているかご存じでしょう。皇帝陛下のお気持ちも察せず、二言目には昔の名君を持ち出す。批判できない古人を持ち出して、陛下を脅しつけ、自分のいいように振り回しているのです。偉そうな物言いをする連中は、一人残らずそういう奴です。本当に国を思い陛下を思う者は、朝廷にただの一人もいません。

そこへ行くと易者は、世間の間違いを正してやっているのですから、たとえ口数が多くとも、たちの良い知識人だと言ってよろしいでしょう。

「故騏驥不能與罷驢為駟,而鳳皇不與燕雀為群,而賢者亦不與不肖者同列。故君子處卑隱以辟眾,自匿以辟倫,微見德順以除群害,以明天性,助上養下,多其功利,不求尊譽。公之等喁喁者也,何知長者之道乎!」

お二方は車でおいでになりましたが、ためしに駿馬と駄馬を四頭立てにしてご覧なさい。走れますまいて。それは鳳凰とザコ鳥はつるまず、賢者とばか者が仲間になれないのと同じです。こんな腐ったお上の世では、賢者だからこそ、いちまちに隠れているのです。そうやって社会に奉仕し、金も名誉も求めないのです。お二方はそれが分からないと仰る。ならば誰が賢者か、お分かりにはなりますまい。」

宋忠、賈誼忽而自失,芒乎無色,悵然噤口不能言。於是攝衣而起,再拜而辭。行洋洋也,出門僅能自上車,伏軾低頭,卒不能出氣。

居三日,宋忠見賈誼於殿門外,乃相引屏語相謂自嘆曰:「道高益安,勢高益危。居赫赫之勢,失身且有日矣。夫卜而有不審,不見奪糈;為人主計而不審,身無所處。此相去遠矣,猶天冠地屨也。此老子之所謂『無名者萬物之始』也。天地曠曠,物之熙熙,或安或危,莫知居之。我與若,何足預彼哉!彼久而愈安,雖荘氏之義未有以異也。」

久之,宋忠使匈奴,不至而還,抵罪。而賈誼為梁懷王傅,王墮馬薨,誼不食,毒恨而死。此務華絕根者也。

宋忠と賈誼の二人は返す言葉も無く、しょげかえってお辞儀をし、司馬季主の占い店を出た。よろよろと車に近づいてよじ登り、座席にうつむいて揺られ、まるで気を失ったようだった。それから三日して、二人は宮門の前で会ったが、互いにこう言い合った。

「清貧に生きた方がいい。官位が高いと命が危ない。威張り返っても一時のことだ。易者が見立て損なっても、見料を返せとは言われないが、お上にいい加減な事を言えば、それこそ命が無い。

易者と役人では、身の安全が雲泥の差だ。老子様が”何も無い、これが全てを生む”と仰った通りだ。この世はあまりに複雑で、どうすれば安全か計りがたい。我らはあの易者のようには生きられないが、あれはこんな世の中で、のうのうと生き延びていくだろう。荘子先生の言った通りに。」

そののち、宋忠は匈奴への使いをしくじって獄に繋がれ、賈誼は主君に死なれて鬱になり、とうとう死んでしまった。二人とも官界でじたばたした挙げ句に、そう言う目に遭ったのである。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/eireikou/415.html

もっとも貴族と言っても、誰も彼もが貴族であり、その意味では特権階級と言うわけにはいかない。参政権などの権利も全臣民規模で薄まってしまったから、それは無いのと同じである。だが実質は無くとも名は残る。名にこだわるならやはり、漢帝国の男性大多数は貴族である。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/sensin/254.html

スポンサーリンク
スポンサーリンク



スポンサーリンク



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

関連記事(一部広告含む)

スポンサーリンク
スポンサーリンク