本日の改訂から

本来「何伐」=何ぞ伐たん、で済むところを、回りくどい言い廻しをしている。

ちょうど、「咲けば散る」と言うべき所、「色は匂えど散りぬるを」というようなもの。あるいは通常の日本語なら、「きつね」と言えば分かるところ、能や狂言では、「ぽこん」という間抜けな鼓鼓の音と共に、うしろに座ったかみしものおっさんが、「おぉ~ぅえ」と宿ふつか酔いのような声を張り上げるのをバックに、シテが「きぃ~つぅ~ねぇぇぇぇ」と変な節回しで言うのに似ている。忙しい朝の駅そばでそんな頼み方をしたら、うしろで順番を待つすだれ親父に張り倒されるかも知れない。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/kisi/421a.html

周任

周任を言い回り始めたのは前漢の儒者で、論語と上掲『左伝』のほかは『新語』に一箇所、『孔子家語』に二箇所のみ。あとは前後漢帝国以前の誰も言及していないから、漢儒がこしらえたニセの歴史人物である可能性が高い。

世の論語本には「史官(記録官)だった」と見てきたようなことを書いているのがあるが、それは唐太宗李世民の勅撰で編まれた『群書治要』の注に「周任,古之良史也」と書いてあるのをコピペしただけで、注には例によって何も論拠が書いていない。しかも西周か滅んでから唐が出来るまでに、1,400年が過ぎている。デタラメを信じるのはもうやめよう。

以下は訳者の推測だが、「任」のカールグレン上古音はȵi̯əm(平/去)で、「人」「仁」ȵi̯ĕn(平)ときわめて近い。つまり”周の(立派な)人”の意であり、儒教を広めるためにありもしない理想の制度を過去の周王朝になすりつけた、漢儒がやらかしそうな創作名である。

「任」そのものの意味も”仕事”であり、ここから唐儒の”古之良史”というデタラメが生まれた。「史」は史官=記録官ばかりとは限らず、ひろく文書行政に携わる役人一般も意味するから、唐儒の頭の中では、”周の立派で有能な役人”程度の意味に読んだだろう。

論語 彼 金文
(金文)

論語の本章では”覆う”→”補佐する”。カールグレン上古音はpia(上)。この場合は指示代名詞”あの”で解釈すると意味が分からない。指示する対象が無いし、「其」と違って”その”の意が無いからだが、どの論語本も分かったような振りをして誤魔化している。

論語の本章では「被」bʰia(上)”おおう”の音通で、「彼相」で”補佐役”の意。「被相」と共に『大漢和辞典』にも見えない漢語だが、本章を偽作した後世の儒者は、古くささを演出するために、あえてわけの分からない漢字を用いたと断じうる。彼 大漢和辞典

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/kisi/post-12839.html



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