ドンタコスとして生きる

一日(いちじつ)。

一日中ミシンを回す。筋力のさほど要らないこういう手仕事は、その間は無心になれるので結構好きである。縫っていたのはポンチョで、もう四月というのに肌寒い日が続いていることが理由の一つであり、もう一つはドンタコスとして生きていこうとの決意表明である。

ドンタコスとは、二回目の後列のような男をいう。

男が死ぬまで馬車馬のように働かされるのは、近代工業化以降の社会に限られたことで、種まきが終わったか、まきもしないでオメオメと生きているような野郎どもは、ぐうたらとデタラメに生きるのが人界の通例だった。そうでなければ命のやりとりである。

そういう物騒を野蛮と断じた以上、男はさっさとドンタコスになった方が、世の中が平和でよろしい。下らないことに脳みそをやられて、しないで済むひしぎ合いを止めない限り、馬鹿げた争いは終わりそうにない。そしてその根源は、やなせたかし先生の慧眼の通りである。

馬鹿馬鹿しいことに血道を上げるのはもう止めよう。

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