本日の改訂から

サーラ 帆走
論語の本章の史実性については、前回も疑問を呈したが、今回の部分にも、上記した「尊」の語法のほか、「利」にも疑問がある。

まず今回の「利」は”利益”と解するしかないが、論語の時代に通用した金文で、”利益”の意をもつものを知らない。訳者が知らないだけである可能性は高いが、孔子の生前はおそらく、「利」は原義の”するどい”だったと思われる。だが台湾の研究ではそうでもないようだ。

「漢語多効能字庫」利条

甲骨文象以「刀」割「禾」,象以刀割禾之形,本義為割禾收成。字或從「勿」。「勿」是「刎」的初文,字從「刀」從數點,有以為數點象穀實(林義光),有以為數點象禾稈飛屑(劉興隆)。以後又有從「刃」(可看成刀字加點的繁化),如《郭店楚簡.老子甲》簡28。秦文字以下「利」皆從「刀」。


甲骨文は「刀」で「禾」を刈る形で、刀で穀物の茎を刈り取る象形。原義は刈り入れ。字はあるいは「勿」の字形に属するものがある。「勿」は「刎」の最初の字形で、字形は「刀」にいくつかの点を付したもので、点はおそらく穀物の実を意味している(林義光)。あるいは茎の刈りくずを意味する(劉興隆)。以後は「刃」」(「刀」の字に点を加えた複雑化した文字と見なせる)の字形に属すものも現れ、郭店楚簡の『老子甲』の簡28号に見られる。秦系戦国文字以降は、「利」の字はみな「刀」の字形に属する。


「利」的本義是割禾收成,有增益之義,後詞義擴展到凡順利之事都可稱為「利」。甲骨文中「利」字用為吉利,如《合集》31244:「利,無災」。又如《合集》36536:「其伐𣼳,利。」另甲骨文「利」又可用為人名或地名。


「利」の原義は穀物の刈り入れで、利益を増す意味がある。後に語義が拡がって、およそ都合のよい事柄は全て「利」と記すようになった。甲骨文での「利」は”目出度いこと”の意で、『甲骨文合集』31244に、「利、無災」とある。また『甲骨文合集』36536に、「其伐𣼳、利」とある。また甲骨文では、人名や地名にも用いられた。


金文「利」可用作人名,如利簋:「易(賜)又(右)吏(史)利金。」指賜金給名叫利的右史。另上曾大子鼎上有「利錐」一詞,用以喻才思敏捷的人,此詞同見於《晉書.祖納傳》(孫敬明、何琳儀、黃錫全)。


金文の「利」は人名にも用いられた。「利簋」に「易(賜)又(右)吏(史)利金」とあり、”青銅を利という名の側近に与えた”の意。また「上曾大子鼎」に「利錐」とあり、才能が鋭い人をたとえている。この言葉は、『晋書』祖納伝にも見られる(孫敬明、何琳儀、黃錫全)。


傳世古書中「利」字有用作本義。《左傳.成公二年》:「先王疆理天下,物土之宜,而布其利。」俞樾即以「利」為土地所出。


古文献では、「利」の字は原義で用いられている。『春秋左氏伝』成公二年に、「先王疆理天下、物土之宜、而布其利。」とあり、清末の俞樾は、「利」を”地面が生みだしたもの”と解している。


「利」由以刀割禾引申有利益、吉利之意,另又引申為鋒利的意思。《說文》:「利,銛也。从刀。和然後利,从和省。《易》曰:『利者,義之和也。』」按許慎以「銛」釋「利」,正表明「利」有鋒利一義。不過他提到「利」從「和」省,則沒有充分證據。


「利」は刈り取りを意味し、派生義として利益や目出度いことを意味する。また派生義として、刃物の鋭さを意味する。『説文解字』には、「利とは銛(すき)である。刀の字形に属す。調和の後で利益があるから、和の略体の字形にも属す。『易経』に、”利は、正義の結果だ”という。」とある。編者の許慎が「銛」を「利」と解釈したことから、「利」をただ刃物の鋭さと解したとわかる。その他つけ加えた「和」うんぬんには、十分な証拠が無い。

結局台湾の漢学界でも諸説紛々で、論語における「利」の解釈は速断できないようだ。ただ上掲から分かるのは、「利」には甲骨文の時代から”目出度い”の意があったこと、字形からは”刈り取り”が原義であることだ。そして”するどい”は後漢の許慎が提唱したと分かる。

対して藤堂博士は言う。

『学研漢和大字典』利条

会意。「禾(いね)+刀」。稲束を鋭い刃物でさっと切ることを示す。一説に畑をすいて水はけや通風をよくすることをあらわし、刀はここではすきを示す。すらりと通り、支障がない意を含む。転じて、刃がすらりと通る(よく切れる)、事が都合よく運ぶ意となる。

台湾の学界とはまた別の情報源から字解していることが分かるが、『韓非子』で有名な「矛盾」の語源、「吾矛之利、於物無不陥也=吾が矛の利(と)きこと、物におひて陥(おと)せざる無(な)きなり」を引いてもおり、”するどい”は戦国時代にまでは遡る。

つまり「利」の原義ををもとにして、本章の史実は断定できないが、「尊」の疑問は残る。前回同様に、史実の孔子と子張にこのような対話があったかも知れないが、内容は大幅に書き換えられているだろう。

子張が問うていない「勞而不怨、欲而不貪、泰而不驕、威而不猛」の答えを孔子が言ってしまっていることも、後世の儒者による書き加えと考えるのが妥当だろう。前回の重複になるが、「勞…猛」+「恵而不費」の「五美」は、戦国時代の儒者の誰一人、引用していない。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/gyoetu/498b.html



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