本日の改訂から

過(カ・12画)

論語 過 金文
過伯簋・西周早期

初出は西周早期の金文。カールグレン上古音はkwɑ(平/去)。同音は「戈」(平)”ほこ”のみで、初出は甲骨文論語語釈「戈」を参照。

漢語多功能字庫」は、字形と書体ごとの語義の発展について何も記すところが無い。「国学大師」は「チャク」→「辶」”ゆく”と「」で、「冎」は音符で意味は無いとする。

「辵」は「彳」+「止」で、「彳」は「行」”十字路”の略体で”みち”・”ゆく”を、「止」は”あし”を意味し、全体では”ゆく”こと。「冎」はS字状に記されているが、甲骨文から例がある。
冎 字形

「冎」は殺された後で骨そぎの刑にされた、残骸の骨の姿だと『大漢和辞典』はいい、「漢語多功能字庫」には解くところが無いが「国学大師」もそのような説明をする。現行「骨」の上部を形成する部品でもある。

現行の「過」には「過料」のように、”とが”の語義があるが、ここまでをまとめると、「過」とは”骨そぎの刑に遭いに行く”と解せ、「冎」にも語意を含んでおり、原義は”あやまつ”だった可能性がある。すると”すぎる”は後世の派生義となるが、それがいつかは分からない。

https://hayaron.kyukyodo.work/gosyaku/ka.html#%E9%81%8E

聞(ブン・14画)

論語 聞 金文
大盂鼎・西周早期

初出は甲骨文。カールグレン上古音はmi̯wən(平/去)。現行の書体を『字通』は「聞は戦国期に至ってみえる後起の字である」という。論語語釈「聴」も参照。

甲骨文・金文共に、現伝の字形とは似ても似付かない。これらの字形がなぜ「聞」に比定されたのか、誰も教えてくれない。前後の文脈を考慮してそう決めたのだろうが、つまりは古形としてまかり通っているだけで、古形を理由に現行字の原義を求めるには、手続きを践む必要がある。

聞 甲骨文 聞 甲骨文
(甲骨文1・2)

漢語多功能字庫」によると、甲骨文の字形は口を手で覆い、耳をそばだてて聞く姿で、すなわち”きく”が原義という。だが別の字形もあり、両者に共通しているのは「斧」と「人」。斧は王権の象徴で、玉座の後ろに据えるならいだったから、”王が政務を聞いて決済する”が原義だった可能性がある。

聴 甲骨文
ただしこの字形は「聽」(聴)とほぼ同じであり、「口」の有無や数の違いに過ぎない。「口」は臣下の奏上を意味するだろうが、「口」の有無で字形を「聞」と「聴」に振り分けた理由は判然としない。

斧については、殷代の遺蹟からは複数出土しており、その一つ、政治家と将軍を兼ねた王妃・婦好の墓から出土した「獣面エツ」はその形状から、「実用品ではなかっただろう」と「百度百科」はいう。つまり王権の象徴としての斧が、殷代まで遡る可能性を示している。また実用品としては、「鉄刃銅鉞」が出土しており、「百度百科」によると、隕鉄を鍛造して刃先を作り、胴体の青銅でそれを挟み込むという、高度な技術品がすでに殷代にあった。

甲骨文の段階で、”情報”の語義があり、また金文の段階で”結婚”を意味た。ただし”政務を決済する”の用例もあると言うが、出典は戦国中期の「陳侯因[次月]錞」。

https://hayaron.kyukyodo.work/gosyaku/hu.html#%E8%81%9E

聽/聴(チョウ・17画)

論語 聴 金文
洹子孟姜壺・春秋晚期

初出は甲骨文。カールグレン上古音はtʰieŋ(平/去)。

甲骨文・金文ともに現行字形とは似ても似付かず、なぜこれらが「聴」に比定されたのかは分からない。類義語の「聞」の甲骨文との違いは、「口」の有無のみ。

聴 甲骨文 聞 甲骨文
「聴」(甲骨文)/「聞」(甲骨文)

字形は「口」+「人」+「斧」で、斧は王権の象徴。口は臣下の奏上。人は王。王が臣下の奏上を決済すること。論語語釈「聞」も参照。

聴 甲骨文
漢語多功能字庫」は甲骨文の字形を「耳」+「口」といい、原義を”聞こえる”だとする。上掲の通りそのように構成された字形はあるが、「聞」との切り分けについて記すところが無い。「斧」の形を「聞」では「耳」としないのに、「聴」だけそうするのは論理が一貫していない。そしてこのように主張しているのは、政治的ゴマスリで生涯を生き延びた郭沫若である。

ただし、古「聖」、「聽」、「聲」同字とあるのだけは参照の価値がある。おそらく上掲した「聴」の金文は、むしろ「聖」の金文だろう。次に示す「聴」の、春秋以降の金文もその可能性がある。論語語釈「聖」を参照。

聴 金文 字形
「聴」の金文は西周まではこのように、「斧」の形を保っている。決して「耳」ではない。

https://hayaron.kyukyodo.work/gosyaku/ti.html#%E8%81%B4

與/与(ヨ・4画)

論語 與 与 金文 与 金文
𦅫鎛・春秋中期/止高君鉦鋮・春秋末期

初出は春秋中期の金文。カールグレン上古音はzi̯o(平/上/去)。同音多数。金文の字形は「牙」”象牙”+「又」”手”四つで、二人の両手で象牙を受け渡す様。初文の字形には「口」が加わる。「口」は臣下を意味し、「與」全体でみごとな奏上を行った臣下に対する、王の象牙の下賜。従って原義は”あたえる”。

甲骨文・金文では「口」が、神に対する俗人、王に対する臣下を意味することがある。『魏志倭人伝』の「生口」が”奴隷”を意味するのは、そのはるか後世の名残。「牙」の初出は西周中期の金文。「象」の初出が甲骨文なのに対し、象牙の利用は周代まで下がるのだろう。

https://hayaron.kyukyodo.work/gosyaku/yo.html#%E4%B8%8E

良(リョウ・7画)

良 金文
齊侯匜・春秋早期/甲骨文

初出は甲骨文。カールグレン上古音はli̯aŋ(平)。甲骨文の字形には、「日」”太陽”+上下の雷文のものが少なからずあり、甲骨文では天体の太陽と自然現象の雷の組み合わせだが、同音に「粱」”アワ”・「量」”食糧”があることから、作物の生長を育む太陽と、窒素固定で土壌を豊かにする雷の組み合わせ、すなわち”利益をもたらすもの”。雷は金文に至って、神を意味するようになる。

漢語多功能字庫」は回廊を意味し、「廊」の初文。回廊は空気の通りが良いから、良好、明朗の意となるというが、どこの連想ゲームでしょうか。甲骨文では良好のほか、地名人名に用いる。金文では良好を意味し、戦国の竹簡では賢者を意味するようになる。

https://hayaron.kyukyodo.work/gosyaku/ri.html#%E8%89%AF

儉/倹(ケン・10画)

倹 秦系戦国文字 論語 倹 篆書
(秦系戦国文字・篆書)

初出は秦系戦国文字。論語の時代に存在しない。『大漢和辞典』の第一義は”つづまやか”。カールグレン上古音はɡʰli̯am(上)で、同音は存在しない。字形は「亻」”人”+「僉」(㑒)で、初出が春秋末期の金文である「僉」の字形は、「シュウ」”あつめる”+「兄」二つ。「兄」はさらに「口」+「人」に分解でき、甲骨文では「口」に多くの場合、神に対する俗人、王に対する臣下の意味をもたせている。『魏志倭人伝』で奴隷を「生口」と呼ぶのは、はるか後代の名残。「儉」は全体で、”俗人、臣下らしい人の態度”であり、つまり”つつしむ”となる。

https://hayaron.kyukyodo.work/gosyaku/ke.html#%E5%80%B9

讓/譲(ジョウ・20画)

譲 晋系戦国文字
(晋系戦国文字)

初出は晋系戦国文字で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はȵi̯aŋ(去)。同音は旁に襄を持つ一連の漢字群。字形は「言」+「口」+「羊」で、”羊を供えて神に何かを申す”ことだろう。従って『大漢和辞典』の語釈では、”祭りの名”が原義と思われる。さらに”ゆずる”の語義は派生義となる。

現行字体の字形は「言」+「襄」。「襄」sni̯aŋ(平)の初出は甲骨文で、「漢語多功能字庫」は「字形不明」と投げている。甲骨文に比定されている字形は、現行の字形と似ても似付かない。詳細は論語語釈「襄」を参照。

https://hayaron.kyukyodo.work/gosyaku/syo.html#%E8%AD%B2

襄/㐮(ショウ・17画)

襄 金文 㐮 甲骨文
𩵦甫人匜・西周晚期/甲骨文

初出は甲骨文。甲骨文の字形は現行の字体と似ても似付かず、比定の理由はまるで分からない。カールグレン上古音はsni̯aŋ(平)。同音に纕”うでまくりする・たすき”。「ジョウ」は慣用音。論語子路篇の定州竹簡論語では、”ぬすむ”の意味で襄を用いている。

羌 甲骨文
「羌」(甲骨文)

甲骨文の字形は、頭に角状のかぶり物をかぶった人の姿で、「羌」によく似ている。「羌」が羊に関わりの深い部族であるのに対し、牛に関わりの深い部族の意味だろうか。それなら”ぬすむ”の語釈も何となく分かる気がする。

金文の字形は、「衣」にさまざまなものを「又」”手”で詰め込む様で、これも”ぬすむ”の語義が何となく分かるような気がする。「漢語多功能字庫」は「何を意味しているか分からない」と投げている。ただし甲骨文では地名・人名に用いられ、金文では加えて西周宣王時代の「毛公鼎」に”(君主を)補佐する”の語義があるという。

https://hayaron.kyukyodo.work/gosyaku/syo.html#%E3%90%AE

諸(ショ・15画)

論語 諸 金文 諸 秦系戦国文字
兮甲盤・西周末期/秦系戦国文字・陶彙5.389

初出は西周末期の金文。論語の時代では、まだ「者」と「諸」は分化していない。現行字体の初出は秦系戦国文字。カールグレン上古音はȶi̯o(平)。平声で麻-章の音は不明。

金文の字形は「木」+「水」+「口」で、”この木に水をやれ”と言うことだろう。「漢語多功能字庫」では、金文では”さまざまな”の意で用いられる他、”これ”・”…は”の意で用いられるというが、その用例は戦国時代の「中山王鼎」などで、論語の時代の語義ではない。論語語釈「者」を参照。

”これを…に”の語義は、日本の漢文業界では戦前から「之於」(シヲ:ȶi̯əɡ(平)+ʔo(平))と音が通じてこの意味を獲得したとされるが、戦前の漢学レベルは極めて低いので、信用できない。詳細は日本儒教史(2)を参照。

https://hayaron.kyukyodo.work/gosyaku/syo.html#%E8%AB%B8



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