本日の改訂から

「封人」は『荘子』・『荀子』に用例があり、戦国時代の言葉と分かる。「二三子」は『孟子』に見え、「木鐸」は『春秋左氏伝』に用例があり、銅鐸のたぐいは春秋時代以前に物証がある。

論語 春秋諸国と諸子百家
春秋時代も後半に入ると、鋳鉄ではあるが鉄器が実用化され、作るに難しいが美味しい小麦が普及した。つまり社会が活気付いたわけだが、同時に図々しくもなり、それまで戦争に負けても国君が交替する程度で済んだのが、大国が小国を占領して併合するようになった。

中規模の諸侯国である魯も、周辺の小国を併合しようと攻め込んだ。論語の時代まではそれでも、しぶとく小国が復活したのだが、孔子の生前にその一例があり、チュに攻め込んだ筆頭家老の季康子に、反対派の家老が銅鐸を叩いて引き返しを促している(『春秋左氏伝』)。

赤字で「顓臾センユ」とあるのも元は小国で、魯が占領した話が論語季氏篇1にある。また「トウ」とあるのは、孔子没後一世紀に現れた孟子の所説を、唯一買ってくれた殿様が出た小国だが、孟子一行はスリッパ泥棒を働いた挙げ句、孟子の言う通りにしたら国が滅びてしまった。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/hatiitu/064.html



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