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本日の改訂

帥*(スイ)→師(シ)

…江戸時代の末まで、日本にとって先進国とはつまり中国だったから、その分中国崇拝もあり、日本人が勝手に「帥」と改めるとは考えがたい。京大蔵唐石経は「三軍可奪帥也」と記す。ゆえにおそらく唐石経によって中国伝承の論語の経(本文)の文字列が国策的に確定したあと、それを見て帰って来たか、伝え聞いた日本人が「帥」に改めたのだろう。とすると、論語の本章「帥」字はもと「師」字だったことになる。

従って対称表現として、次の様に理解するのが妥当と思う。

全軍 大勢 てんでばらばら 負ける
おっさん 一人 意志堅固 負けない

兵卒の心理がてんでばらばらだと、どうして将軍を首に出来るか、理屈も立たない。裏の論理で兵が泣いて”辞めないで下さい”と頼むとでも? だが逆と同様、裏もまた真ならずで、元命題を証明できるのは対偶だけだ(この場合、”将軍を首に出来ないなら、兵の士気は統一されている”)。将軍を首に出来なくとも、兵がてんでばらばらなのはありうることだ。

将軍が軍閥や外戚の出身で、たとえ無能や臆病だろうと、皇帝以下文武百官の誰も首に出来ず、その指揮下にある兵卒は、すっかりやる気を失って隙あらば逃げ散ったり、略奪ばかりに精を出すのは、中国の軍隊ではむしろ通例と言ってよい。…

論語詳解230子罕篇第九(26)三軍も師を奪う*
論語子罕篇(26)要約:後世の創作。武装した大勢の男達が集まった国軍でも、丸ごと捕虜には出来る。でもつまらない男一匹でも、ココロザシを奪うことは出来ない、とニセ孔子先生。”三軍の総大将から指揮権を奪う”との通説は、どうやら改める必要が。論語...



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