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本日の改訂

この某教授は超有力大学のかなり高名な男だが、べつの自著でこういうふざけ方をしている。


譯読というのは、漢文の各〻の字義に対する日本語の譯語をあてて讀むことで、これを訓讀くんどくという。もっとも中國の單語のすべてに譯語をつくることができず、中國の發音をそのまま使った單語もある(それらは今日まで日本語の中でそのまま使われているものも少なくない。いわゆる「字音語」または「漢語」)。してみると、漢文の讀み方としては、譯讀の單語と音讀の單語とがいりまじっていることになるが、言語の構造からいえば、日本語として了解できるようになっているから、訓讀が主で音讀が從だということになる。それでこのように譯讀された漢文を訓讀漢文という。


「ツネニムハモッテソノミョーヲミントホッシ」と書かれて「日本語として了解できる」わけがない。自分の不勉強と手抜きと読者への没義道に開き直り、「ジョーバンキシ」で結構だ、というわけだが、この文は漢文の読解教則本に記されたもので、名門出版社から出たかなり厚めの本でもある。高額とは言えないが安価でもない。あわれな読者はこんなものを買わされた挙げ句、漢文の読み方が何も身に付かないままで終わり、あるいは途中で投げ出して諦めることになる。

『老子道徳経』現代語訳:01道の道とすべきは
『老子道徳経』の全文訳を、別サイトで進行中。原文道可道,非常道。名可名,非常名。無名天地之始;有名萬物之母。故常無欲,以觀其妙;常有欲,以觀其徼。此兩者,同出而異名,同謂之玄。玄之又玄,衆妙之門。復元白文  妙    妙※物→(甲骨文)/欲...



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