ミカンの皮

三賀日が過ぎたが、今日もお雑煮を頂いている。

お餅もお屠蘇も正月にしか摂る習慣が無いので、美味しいうちに頂いてしまおうというのがその趣旨。香り付けにはミカンの皮を使った。普段リンゴもミカンも、皮ごと石鹸で洗って頂くのだが、たまに手っ取り早く剥いて食べてしまうことがある。その有効利用。

もちろん貧乏くさいとはぜんぜん思って居ない。

小生は旬のバフンウニや毛ガニ、ウミガメやヒージャー、いずれも現地で取れたてを頂いたことがある。世間様よりは美食をしてきたと思っている。だから全くの無信心で、確かに貧乏人ではあるが、食べ物に対する食前食後の感謝の祈りだけは欠かすことが出来ない。

対して誰でも小学生程度の算術が出来れば、最悪の浪費は心身の健康を損なうことだと同じ結論に至る。健康を取り戻したり誤魔化すための出費こそ、貧乏人には許されないことだ。だから変なものを食わないこと、馬鹿と関わらないことは不可欠になる。

心はともかく身体は自分自身では無い。だから必要に応じて躾ける必要がある。昨年は人と会えば「痩せましたね」と言われることが多かった。どうでもいい人には「貧乏ですから」と本当の事を言って誤魔化したが、もちろん食えなくて痩せたわけではない。

小生なりに危機を感じ、戦える体に戻しただけだ。もとより運動は大嫌いで、大酒飲みで自堕落が大好きだが、素手で人を●り*せる確信が持てる程度には稽古したし、僅かながら武道的な「気」を使えもする。個人武など濁流の前では無力だが、戦えないよりは納得がいく。

先ごろ間抜けな男が後ろからボコられ斬り付けられたと世間で騒ぎになっていたが、公衆の面前に姿をさらしながら、特権階級であるのをいい事に、事あるごとに他人を愚民呼ばわりして、無事で済むわけがない。空手の有段者だそうだが、道場で一体何を習ってきたのだろう。

さる異世界ものの冒頭で、ロビーでとぐろを巻く荒くれどもを見て、ギルドの受付嬢が「○ねばいいのに」と心情を吐露するのがあった。どうすればそう思われるのかは子供にも分かる理屈だが、貴族をからかう劇を見て笑っていた、フランスのばか貴族と同列の人間と思える。

武道界の現状を鑑みれば、こういう有段者がいておかしくはないのだが、自分から刺されるネタをせっせと振りまきながら、被害者面してのこのこ出てくるなんて、武道人として顔から火が出るほど恥ずかしいざまで、瀆武の廉で段位剥奪の上破門を申し渡されても仕方が無い。

特段むつかしい理屈を言っているつもりはない。世間にまみれて世間師で食っているのだから、お客さんに対する言葉遣いは控えようという、ごく当たり前の商道徳を言っている。ポンニチでは役人を筆頭に、商道徳を踏みにじる連中が得をするから仕方は無いのだが。

エロサイトの常連であるのを自分から晒した間抜けなもと都知事同様、いつも不機嫌な顔をすることで人の恐れを買おうとしているうちは、段位も通信で取った黒帯と同列にほかならない。空手の有段者が聞いて呆れるので、せいぜい空手形の冗談ぢゃと笑いとばすしかない。

ゆえに特権無き貧乏人こそ自分だけが頼りなのだ。ミカンの皮を軽んじている場合ではない。



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