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本日の改訂

2023年現在、中共の国家主席は習近平で、その政治スローガンは「フーシエ」”調和”。街角や高速鉄道の前面にでかでかと貼り付けられているが、「和を知りてなごまんとすれども、行はれざる」ようだ。しかも共産政権の「禮」”常識”に従おうとしても、とうの昔に社会主義を放棄している。

だから「禮」によって役人や人民の行動を「ただ」そうとしても「行はれ」るわけがなく、結局イデオロギーとは関係ない伝統芸能、強権支配によって社会を「節」すしかない。その強権が国外にまではみ出し、すわ台湾有事かと関係各国を怯えさせたり軍拡に走らせたりしている。

論語の本章で有子が言ったのは、政治に携わる春秋の君子は、政治が達成すべき目的は調和の実現であるのを前提としつつ、手段まで調和にこだわってはうまくいかない、手段は「禮」”貴族の常識”に従うべきだということで、後にこの思想は『中庸』に含まれることになる。

『中庸』とは”かたよりの無いこと”で、論語堯曰篇1の「まことに其のなからを執れ」にも現れている。だが漢儒の作文である『中庸』をいくら読んでも、政治に片寄りを無くすことは出来ない。書き手はもっともらしい説教を重ねるだけで、確率統計も中央値もまるで知らなかったからだ。

そして政治は、結果を常に未来から評価される。人は過去の平均値や標本の偏差値を知ることは出来るが、「千年に一度の大雨」が降ったりすれば、苦労して築いた堤防が切れたりして「行政の失敗」を糾弾される。糾弾されないためには結果がどうあろうと強権で黙らせればいい。

だから世界各地はとりあえず強権支配の時代を通過した。中国は今なお通過中で強権支配のままである。対して論語の本章に現れた春秋時代は、強権支配をしようにも技術力が足りず、人をまとめて牢に放り込みでもしたら、作付けに悪影響が出て貴族まで餓えることになる。

西欧のペスト流行で人口が激減した結果、農奴が貴重になって解放が進んだのは高校教科書的知識で、同様に春秋の君子=貴族は家臣や領民にそっぽを向かれると、確実に地位は失うし、多くは天寿を全うできない。孔子の主君は二人が国外追放されたし、斉国公は4割が不自然死している

誰もが餓えない世界が、春秋の君子にとっても「和」の達成だったが、達成したことにしてしまう強権支配は出来なかったから、「和を知りて和む」のを目指すしかない。しかも誰にも中庸は分からないから、ときどきの判断は「禮」、”貴族の常識”で行うべきだと有子は言ったわけ。

有子とはおそらく孔子の有力弟子だった冉有のことだが、冉有は宰相家の執事として、鉄器と弩(クロスボウ)出現以降の世の中に合わせるべき税制改革の実務を担った。もちろん増税になる人々もいたわけで、それは調和とは言えないが、結果として公平な税制が敷ければ、それは調和になる。

論語詳解012学而篇第一(12)礼のたよりは’
論語学而篇(12)要約:礼とは春秋貴族社会の常識をいい、礼儀作法に限りませんでした。礼が重んじられるのは、社会に平和と安定を実現するからですが、ヘーワアンテーと言い回れば実現できるわけではありません。手段と目的は違うと有子が説教。論語:原文...



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