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昨日の改訂

…訳者の出た高校にいたさる先輩、お父上は地元大の音楽教授、ご当人も声楽など音楽の達者で、放課後は校内に先輩の歌うドイツ語が「オー、フロイデ!」と大音声だいおんじょうで聞こえたものだ。不逞のやからが多かった我が母校では、教師だろうと容赦なく漫画にして貼られるのが通例だったが。先輩は根が親切で人柄が善かったから、「オー」が聞こえても生徒一同、「また○○さんが歌ってるよ」と思うのみだった…。

論語詳解229子罕篇第九(25)忠信をまもり*
論語子罕篇(25)要約:後世の創作。馬鹿とは付き合うな。馬鹿がうつるぞ、とニセ孔子先生。論語学而篇との重複ですが、重要な教えだから繰り返されたのではなく、後漢の滅ぶ頃になって、儒者が重複を承知で本章をでっち上げたのです。論語:原文・書き下し...

論語の本章その他のO-V逆転例は、否定辞の直後に出た語は直接目的語(”~を”がつく語)であり同列に分類できない。しかも同じ本章の「不知人」がなぜnot-O-V「不人知」にならないかの説明も付かない。「己」を動詞”整える”と解読しても、やはり後句「不知人」と繋がらない。

下掲検証に記したように「不己知」文例は、戦国最末期だがいつ筆写されたか分からない『呂氏春秋』に一例見られるのが初めで、漢以降もこのVO逆転はほぼ使われず、論語と、類書と言って良い『史記』孔子世家独特の言い回しと言っても良い。考えられる筋書きは、

  1. もと「不知己」とあったのだが、漢儒がもっともらしさを出すため勝手に語順を入れ替えた。
  2. 「己」は動詞だったが、漢儒が第二句をつけ加えたため”おのれ”として読むしかなくなった。

となる。いずれにせよ文法的に壊れた漢文で、修正しないとまともに判読できない。

…論語には「否定辞-目的語-知」の例が8例もあるのに、他の文献上では戦国最末期の『呂氏春秋』に初めて見られ、次いで漢代の『韓詩外伝』になる。また甲骨文・金文には「己知」の句形が全く見られず、戦国の竹簡にも見られない。「知己」はあるが”自分を知る”の意…。

…では孔子や弟子たちは、自分らが世間に知られないのを歎きつつ暮らしたのだろうか。とんでもない。孔子は亡命しても諸国で「その政を聞く」と論語学而篇10に記された。この章が後世の偽作であるにせよ、主要弟子の多くが各国に仕官し、子路は衛で領主貴族にまでなっている。

どころか、子路の弟弟子だった子羔まで仕官していたことが論語先進篇24の伝説に記されているし、この話が偽作であるにしても、子路の最期の場面で子羔が「逃げて下さい」と子路を説得する話が『史記』衛世家に見える。孔子塾卒業生の就職率はよかったのだ。

子供や老人向け番組で勧善懲悪の素朴な話が受けるように、常人未満の知能しか持たなかった漢の武帝(論語雍也篇11余話「生涯現役幼児の天子」参照)をだまくらかすには、孔子一門が門閥と対立したとか、弟子一同が不遇だったとか、お涙頂戴の作り事が有効だった。

だから董仲舒を筆頭とした、いわゆる儒教の国教化を進めた連中が、でっち上げをせっせとこしらえたので、本章始め「不己知」ばなしは、なべて漢儒の偽作と断じてよい。

論語詳解016学而篇第一(16)人の己を’
論語学而篇(16)要約:文法的に後世の創作。自分が理解されないと歎く前に、自分が他人を理解しようとしていない事に気付きなさい、とニセ孔子先生。述語動詞と目的語が一句だけ逆転して、もう一句はもとのままという、漢文として壊れた文字列。論語:原文...



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