前漢の作と考えるのには時代背景もある。前漢武帝は常人未満の知能しかなく(論語雍也篇11余話「生涯現役幼児の天子」)、父祖が蓄えた国費を戦争に蕩尽し、800年のちの唐詩にまで「辺境の流血海水を成すも、武皇辺を開く、意未だやまず」(杜甫「兵車行」)と恨み歌われるほど罪無き人民の命を磨りつぶした。
その代償として現在のオルドス(黄河が冂形になっている部分)やタリム盆地を勢力範囲に収めたのだが、帝国の一部となるからには役人を派遣せねばならなかった。いやがる連中に「孔子様もこう仰ってる」と言いくるめるために作られたと考えても不思議は無い。

論語詳解218子罕篇第九(14)子九夷に*
論語子罕篇(14)要約:後世の創作。ニセ孔子先生が、蛮族の地へ移り住もうと計画します。ある人が「あんな汚らわしい所によく住む気になりますね」というと、「ワシはご立派な君子サマゆえ大丈夫じゃ」と答えました。論語:原文・書き下し原文(唐開成石経...

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