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本日の改訂

…慶應義塾の意気込みが読み取れる文だが、残念なことに慶大本には、次のような欠点がある。もちろん慶應義塾や担当教員のせいではない。

  1. 字が汚い。字が下手なのではなく、草書に近づいたひねった字で、文字列として読みづらい。
  2. 奇をてらった書体の選択。論語子罕篇5の「茲」を「慈」と書くなど、異体字の範囲を超えて全くの別字で記している箇所がある。傍記して字を直している場合もある。
  3. 経(本文)・注・疏(注の付け足し)が整理されていない。経が抜け落ちた箇所があったり、抜けを傍記している箇所があったり、疏が注に含まれている箇所がある。

先行する定州竹簡論語も奇をてらった書き方が無いわけでは無いが、慶大本ほどひどくない。また両者を突き合わせると、南北朝から隋にかけて、論語をおもちゃのようにいじくって遊んだ儒者が相当に出たことが分かる。慶大本は中国で筆写されたということらしいが、傍記したのはおそらく日本人で、「何じゃあこりゃあ」と首をかしげながら、まともに読めるよう直したと信じる。

論語の文字列は、唐になって大幅に書き換えられて唐石経に反映されているが、余りにひどい版本が出回って、唐の朝廷も困ったのだろう。定州竹簡論語と比べると、「それはまずいのでは」と思うような書き換えが無いでは無いが、当局者の困惑を思えば無理も無いように思える。…

古注『論語(集解)義疏』について
本サイトで参照したのは、北京中華書局・中國思想史資料叢刊『論語義疏』初版2014年第2刷。底本は懐徳堂記念会・武内義雄編『論語義疏』大正十二年(1923)という。さらにその底本は文明本(西本願寺→龍谷大学蔵・文明九年=1477年刊)と「校勘...



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