
…だから日本の平安朝が、行政の長たる左右大臣を中国風に僕射(次官)と呼んだのに対し、臨時議員に過ぎない参議を宰相と呼んだのは、官位のねじれに見えて実はそうでもない。日本の教科書で「律令国家」とされる隋唐帝国も、出鼻から令外官だらけだったからだ。
僕射の「僕」を「しもべ」と訓読されることがあるように、もとは君主の警護役のうち、弓術を得意とする者の意だった。これもまた秦代になって次官を意味するようになったのだが、秦漢帝国のうちはあくまで次官で、それが隋唐帝国になって事実上の宰相に成り上がった…。

論語詳解211A子罕篇第九(6)太宰子貢に問う*
論語子罕篇(6)要約:後世の創作。呉国の宰相が孔子先生を讃えて「何と万能だ」と言い、聞き手の子貢もそれに合わせて適当な相槌を打ちます。後日報告を聞いた先生、「いやそうじゃない。宰相は私の出身をよく知っているんだ。」論語:原文・書き下し原文(...

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