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文化

本日の改訂2

…季桓子は公子を魯国から追い出した張本人として、無慮2,500年も悪党呼ばわりされてきた人物だが、宝物より人命を重んじるなど、まともな人格だったことが分かる。ともあれ古今東西変わりなく、都市住民にとって火事がいかに恐ろしいか、春秋の世も同様...
文化

本日の改訂

…人間が現在目にしている全ては、無数の函数が働いた結果で、目に見えないちりの挙動に至るまで同じ。だから人間にとっての史実とは、しょせん断片を集めて繕って、少しでも理屈が付きました、という言い訳に過ぎない。まして公の歴史書は、書いた当人の都合...
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本日の改訂

…平時の使者と言っても、送り出したら二度と帰ってくるとは限らなかった。使者も心細かっただろう。そんな人間を元気づけ進ませるのは、自分より大いなるものに見守られている、という信念しか無かった。神の存在を否定した孔子が、自分にそう言い聞かせたと...
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本日の改訂

…先秦両漢の文献でも、オオムギがよくてコムギがよくないという話は出てこない。訳者は比較的大きなオオムギ種子と、コムギのそれしか見たことがないので、大きさの大小による呼称とは思えない。ゆえに「大麥・小麥」の区別は、どちらがより伝統的かの違いと...
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本日の改訂2

…後世から見れば下らない様式美だが、それまでの武士の現実がひどすぎた。『男衾三郎絵詞』では門前を通りがかる人を暇つぶしで射いしているが、史実の鎌倉武士も同様だった。いざ元寇だというので博多に集まると、「どうせ燃えちゃうんだから」と略奪して街...
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本日の改訂

…帝国の儒者も、食にはウソをつく余裕が無かった。ペニシリン無き時代に、腐ったものを食えば命に関わったからだ。新注の宋儒が言うような、食にえり好みが出来なかったのは、庶民だけとは限らない。前近代では戦争や政変だけが、餓死の原因ではなかったから...
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本日の改訂

前漢帝室は、当初道家を信奉した。文帝の妃で景帝の母だった竇太后は、武帝の幼少期に帝室の長として君臨したが、その祖母に武帝はさんざんいじられたらしい。そのトラウマから儒教に入れ上げることになったが、入れ上げやすいように儒家も帝室に迎合した。論...
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本日の改訂/新規投稿

…ここで「麻→布」、「縷→帛」としてしまうと、「絲と絮はどうなるんだ」という事になる。ここでもし儒者の注を参照してしまえば、一層わけワカメになるだけ。『孟子』も後世相当いじくられているし、当人や論敵もあまり論理的な人々ではないから、根拠とは...
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本日の改訂3

…もちろん当人も家臣どもも、始皇帝が宇宙の主宰者だとは思っていなかったが、始皇帝が思わせたがったのについて、その心理不安を思うべきである。『史記』がほのめかしているように始皇帝は秦王の子でも孫でもなく呂不韋の子で、幼少期は悲惨な人質生活を送...
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本日の改訂2

…つまり誤訳の元ネタは朱子で、朱子が依拠した『説文解字』ということになる。『説文解字』は今なお金科玉条のように日中の漢文業界で扱われているが、先秦両漢の文献を読む際にあてにすると、とんでもないデタラメに釣り込まれて誤読する危険が甚だしい…。
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