昨日の改訂

如予何(われにしくはなんぞ)

伝統的には「如何」”どうしよう”の間に目的語の「予」”わたし”が入った形と説明され、「われをいかん」と読み、”私をどうするのか”と解する。

しかし春秋時代は一字一義が原則で熟語はない。「如何」やおなじく「いかん」と読む「何如」が見られるのは戦国の竹簡から。また間に目的語を挟む形は、「如〇何」は戦国の竹簡から見られるが、「何〇如」は先秦両漢の文献にも見られない。

論語の本章の場合は、文字史的に後世の偽作を疑う必要がないので、一字一義と解し、「われにしくはなんぞ」と読み、”(徳を備えた)私に(徳の無いお前が)及ぶとはどういうわけだ”と解するのが妥当。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/jutuji/169.html

子以四教(しはよつのおしへをもちふ)

伝統的には「しはよつをもっておしふ」と訓読する。「以四」を「教」の副詞として解するわけで、漢語の修飾語→被修飾語の原則から見て誤りではない。ただ、漢語はまたSVO型の言語である事から、「以」を述語動詞、「四教」を目的語として解するのが素直ではある。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/jutuji/171.html

つまりすでに伝わっていた孔子の言葉に、董仲舒が自分の願望をくっつけて武帝の耳に入るようにしたわけだが、「気紛れでしょっちゅう家臣を殺したりするのは、いい加減にやめてください」という切実な願いがこもっている。

https://hayaron.kyukyodo.work/syokai/jutuji/172.html#fuki



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