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文化

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本日の改訂

…漢語の文語は甲骨文の初めより、表意文字を使い筆写材料に資源労力がかかるという制約から、できるだけ字数を少なく簡潔に記すよう発達してきた。しかも句読点や返り点を付けないのが当たり前だから、誤読を防ぐには可能な限り文法が簡潔でなくてはならない...
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本日の改訂

ただし通説が「不壯以位之、民不敬」で「之」=「民」としているのは全くの誤りで、以後の内容を指す機能を漢語の「之」は持っていない。このデタラメは古注では包咸がこの「之」を訳さないでごまかし、新注で朱子が「之」=「民」と間違いを言いふらして自分...
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本日の改訂(2)

…日本伝承本では、文明本が勝手な書き換えをしている例がちらほらあるので、筆写した本願寺坊主の人品を論語という「道が広げるわけではない」と訳者は思っているのだが、坊主だけに濡れ袈裟をかぶせるのもまた、訳者の「人を広げるわけではな」わけだ…。
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本日の改訂

…水増しふくらし粉だらけの論語より、よほど現代人の心に突き刺さる話が、他学派の言葉にあったりする。それが漢文を読めることのご褒美の一つで、そうでもなければこんな面倒くさい言語、やっていられない…。
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本日の改訂

…情報が決定的に失われている中で、つじつまを合わせようとする努力そのものが馬鹿らしいのかも知れない…。
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本日の改訂

…仏教がアショーカ王の帰依によって経典の編纂が再興され、カニシカ王の帰依によって仏像が作られ、「仏説」とウソをついた大乗経典が編まれたように、国家宗教は壮大でないことを許されない。論語に重複がいくつもあるのは、壮大にしようとした結果の安普請...
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本日の改訂

…手を貸すことを「加担」と言うが、漢文業者は函館本線森駅名物イカめしく「左袒」という…。
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本日の改訂

曽子が言った。「私は日に三度我が身を省みる…。後漢末の大儒だった蔡邕は、論語の本章を曽子ではなく孔子の発言としている。孔子曰:「進思盡忠。」又曰:「臣事君以忠。」奉上之忠也。曰:「為人謀而不忠乎!」又曰:「忠焉能勿誨乎!」謀誨之忠也。(後漢...
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本日の改訂

注記者の名が無いことから、この書き込みは何晏によるものと断じてよいが、「どうでもいいだろうがそんなこと」とうんざりするような書き込みをしたがる漢儒が、本章には何も感じなかったのだろうか。それとも、あまりにバカバカしいので書き込む気にもならな...
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本日の改訂

…なぜ歴史ではなく詩歌だったかと言えば、現代でも日本の近所に、「古ければ偉い」と言い張れば国がまとまるという、頭のおかしな連中の集まりがあるのを考えれば分かりやすい。春秋諸侯国はそれぞれに始祖伝説を持ち、他国より由緒があるのを競った。共通の...
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