なおサイダーの栓は評判が悪くなったらしく、今は栓売りの文句をHPから削っているが、ソースにばっちり証拠が残っている(230716保存済)。自分の知らぬことは世間も知らぬという思い上がり、または売人とコード書きの仲が悪いか、売人はwebの何たるかを知らぬ程度には頭が悪いのかも。
コード書きが怒るのはたいてい買い叩くからで、web商売なのに安普請のHPを上げるのは、風でひしゃげる店舗に客を入れるのと同じ、重大事故が起こるまでは公権力もうるさく言わない。だがいつかひしゃげるのは確実で、そんな店に入りたいですかと閲覧者諸賢には申し上ぐ。
知的抵抗力のない子供に論語をすり込み奴隷化を図る連中には、一片も同情の余地がない。

「不亦悅乎」でなく「亦不悅乎」も「またたのしからずや」と訓読出来、”それもまた楽しくないかね”と現代日本語訳は同じになるが、前者が”他に楽しいことはいろいろあろうが、これも楽しくないかね?”と軽い気持でつけ加える語気であるのに対し、後者は”他に楽しくないことがいろいろあって、これさえもそうなのかね?”とやや押し付けるように否定する説教になる。
「不亦悅乎」:「亦悅」”それも同様に楽しい”を「不~乎」”違うのかね”と肯定的に言う。
「亦不悅乎」:「不悅」”楽しくない”を「亦~乎」”それも同様なのかね”と否定的に言う。

日本伝承本では、清家本、正平本まではしおらしく古い文字列を伝えたのだが、本願寺坊主の手になる文明本から「鮮矣有仁」と書き換えた。この影響で続く足利本、根本本、懐徳堂本は書き換え後の文字列を伝えている。中国の方では坊主の勝手は知らないから「有」の無いまま伝えた。
古注は新注が科挙(高級官僚採用試験)のテキストになると、中国では一冊残らず捨てられ消えたが、清代になって古典研究が盛んになると日本から逆輸入した。清儒は(政治的に危なくない部分は)大喜びで古注の文字列をもてはやし、欽定四庫全書版古注には「有」が加わっている。
だが一時の流行りに乗せられない慎重な儒者もいて、こういうデタラメに気付いた。のちに清儒の程樹徳は「俗本妄加字」”下品な本がデタラメに文字を書き加えた”と批判した。論語の伝承について詳細は「論語の成立過程まとめ」を参照。


本願寺光佐
「信長の野望」で遊んでいると、他人の領地で勝手に一揆を煽っておきながら、くそ坊主が「みほとけの力をおもいしったか」とか言いやがる。てめえがやったんだろうが。
だが子供は常に親の写し絵、ただ食いできる田園がある程度には名門に生まれ、生涯まともに働かずぶらぶらニート生活を送った陶淵明が、子供の勉強嫌いを責められるわけがない。陶淵明もクズだがばかではないから、それに気付いてはいただろう。クズの子はほぼクズである。
こんな子がまじめになったら、それは親を見限ったという事だ。この親子の不真面目は、時代的雰囲気の反映で、南朝はふざけた社会だった。現代ポンニチ同様、上流階級ほどろくでもなく、そんな社会でまじめだと損をした。詳細は論語為政篇16余話「魏晋南朝の不真面目」を参照。


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